第四話 追われる者に祝福を

 

 お偉いさんに絡まれたあの日から三日経ったが俺はまだ港町で商売していた。


 一応食いつなげる程度には売れてるけど、二日目あたりから急に売れ行きが芳しくなくなり思った以上に収入が減っているのが現状だ。


 妙に遠くから見てくる人はいるけど、買ってくれる人はそれよりもはるかに少ない。


 うーん、これは少々困ったな。予定ではあと四日は滞在しようと思っていたけどここは引くべきだな。


 海産物を買ってから町を出ていくことにしよう。ここの港町は貝が美味しいかったから後で自分で食べる用にも買っておこう。


 新鮮な海産物を『アイテムポーチ』にしまっておけば問題はない。


 『アイテムポーチ』万歳。この世に生まれた最高の道具だと思う。


「すみませーん、これとこれとこれ十匹ずつとこの貝を四十個ください」


「はいよ…………ってあんた度胸の行商じゃあないか。済まない、あんたに売れる品

ないんだ」


「それはどうして、なんて聞く必要はないか。他のところも?」


「ああ、悪い奴じゃないってことはわかってるんだが…………」


 あの坊ちゃんが手を回しているのは薄々気づいていた。全く、横暴と分かっていたとはいえ嫌がらせにはすぐに手を回すなんて器が知れている。


 とはいえ、生きて返さないよバーカと啖呵を切ったんだからそれくらいの嫌がらせはしてくるとは思ってた。


 あれ、バカとは言ってなかったっけ?どうでもよすぎて忘れてるな。


 ま、とある国の腹黒狸に比べたらましな方さ。俺以外の仲間は女性しかいなかった、しかも俺以外全員が由緒ある血脈持ちだったから欲しがって邪魔してきたのを思い出す。


 あの時の奴の策略は人類にとって無益でしかなかったから対応が難しかったぜ…………


 性欲は人を狂わせる、何度も味わった身には染み渡る教訓だ。制御できないのが人の業なのだろうか。


「邪魔したな。あ、そうそう、俺今日中にこの町出るから」


「そうか…………達者でな」


 あの坊ちゃんの権力が行き通るのはこの町までだって陰から聞いたから、買い物が済めば町から出ようと思ってる。


 もしかしたら焦って何か大きなことを起こしてくるかもしれない。その時は周囲に被害が出ないように対処しないといけないが、さっさと町を出て何も起きなかったで済ませるのが一番いい。


 この町の心残りといえば海産物を多く買えなかったことだな。


 食堂は普通に利用できたから堪能できたけど、新鮮な海産物は山奥の村とかだと高値で取引できるからなぁ。


 もうすぐ俺が行く話は広まるだろう。


 もうここで買うのは諦めて遠くで王都の品を売りに行くか。


 確かこの大陸で大きい都市は帝国だったはず。


 帝国か…………思い出したけどあそこの皇帝は感じ悪いんだよな。


 俺をライバル視してるというか、やけに皇帝に嫌われてるんだよな、俺。


 結局本音は聞けずじまいだったが、何か俺に対して引っかかるところがあったのだろう。


 確かループした未来の記憶だと魔王を倒した功績として金だけ送り付けてきたな。


 まあ、金はあってうれしいんだけどさ?主に彼女達の資金源に使われたからいらないんだよ…………


 名残惜しいところだが、そろそろ行くとするか。


 さようなら港町、ほとぼりが冷めたらまた来たいぞ!






〜●〜●〜●〜●〜







「まさか、こんな事態になるなんて想定外」


 勇者の仲間暗殺者・シーラは道なき道を音もなく駆けていた。


 音を出さないのは癖だが、彼女がこんなにも急いでいるのは珍しい。


 あの日、勇者が颯爽といなくなって現場は混乱した。


 しかし、本来勇者が主役はずのパーティーなどには強制参加という王命が下りなかなか追うことはできなかった。


 暗殺者として顔が割れてしまったシーラも、元をたどれば王家を守る暗部の血筋。コネを作れば社会的に優位に立てるということで泣く泣く参加していたのだ。


 勇者失踪の謎もあるが、魔王を片付けたという特大な功績があったために誰にも咎めることが出来ず、隠居したのではないかと囁かれていた。


 では、その隠居についていかなければならないと闘志を燃やした四人がいた。


 その内のシーラはほかのメンバーと違って馬に乗る技術や馬車を一つ貸し切ったり、魔法で高速移動することはできない。


 故に自分の足で追わなければならない羽目になった。


「このままだと、まずい」


 が勇者の嫁になってしまうレースに完全に出遅れてしまったのだ。


 急いで情報を収集して居場所を突き止めなければならない。


 勇者がいるところに騒ぎなしということわざがある。もちろん、善行を行うという意味での騒ぎである。


 このことわざが意味するのは大いなる力を持った人間がいると必ず騒ぎが起こるという昔話が元となったものだ。


 近隣で何か騒ぎがあればそこに居る可能性が高いという、地道であるが情報収集のエキスパートである彼女ならではの手法である。


 だが、もしも出遅れて勇者であるリクトの元に到達できず、自分以外の誰かが嫁になったらどうする?


 死にたくなければ決してそんな質問をしてはいけない。


「まずい、まずいまずい」



 もしかしたら他のみんなが追いついているのかもしれない。



「まずいまずい、まずいいけないいけない」



 もしかしたら誰かが勇者のモノになっているかもしれない。



「いけないいけない、ダメだダメだ」



 もしかしたら最悪の一線を越えているかもしれない



「ダメ、ダメダメダメダメダメダメダメ」


 そんなことをされてしまえば歯止めが利かなくなる。


 旅の途中でたまに囁いてきた本能に身を委ねたくなってしまう。


 破壊衝動ではないが、それでも人道的にいけないことをしてしまうかもしれないという事は頭で理解している。


 それでも取られてしまったと想像するだけで、こき使われていた際に投与されてた麻薬のようなトロンとした快感が奪われ異常な苦痛に襲われそうになる。


 そんな麻薬リクト使奪い取る。


 これはその麻薬リクトが知る一つの未来だが、手に入れる過程できっちりと後腐れなくしていた彼女はどんな手段を使おうとも手に入れるだろう。


 極限のレースを制するのは、果たして誰なのだろうか。


 まだ狂気がにじみ出ている時点では、誰も結果を知る事はない。

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