第二話 海の上の行商人
クラケン運輸、全大陸の中で有名かどうかを問われたらそうでもない運搬ギルドだが、陸路と海路の運搬において高いの実績を誇っている。
俺も勇者の旅でこの大陸から別の大陸に渡るたびにクラーケンのシンボルを見たことはあったが、利用することは今までなかった。
「どうもー、バザールさんの紹介できた行商の者ですがー」
「あん?あの野郎、いいやつ引き込めたのか?兄ちゃん、いいもん持ち込んでるんだよなぁ?」
「もちろん、王都からの商品をアイテムポーチの中にぎっしりと詰め込んで」
「いいじゃねえか。おいお前ら、商人のあんちゃんが来たぞ!」
クラケン運輸の事務所を探して言われた通りにバザールの紹介で来たと言ったら一発だった。
無精ひげのおっさんに快く歓迎されたところですぐに商談に入る。俺の商品は向こうの大陸で売りたいので大半は売れないがよくある酒や野菜を相場より少し高めで買ってもらうことで決着がついた。
まあまあ大きなギルドでもたくさん入る『アイテムポーチ』を買うほどではないらしい。ついでにクラケン運の鮮度に関係ある食糧を少し預かってほしいと頼まれた。
まだバックパックに空きはあるが持ち逃げしたらどうするんだと聞いたところ、そのとこはその時とガハハと笑っていた。
これはちょっといけないなぁ。商人の勘がこの人いつか大きな失敗をするんじゃないかと囁くが、変に介入していいことはないから黙っておく。
腕っぷしはあっても話し合いで上を取られたら打てる手が少なくなるということをあまり知らないのだろうか?
商人同士のぶつかり合いだとツテがない方が潰されると親父から教えられた。そのことは今でも胸に刻まれている。
勇者だった頃の人脈も、利用しつくして魔王を倒したのだ。やれることならここで恩を売って顔を少しでも覚えてもらえたらよし。次から便宜を図ってもらえるならなお良し。
数十分にわたる話し合いの結果、向こうの大陸についたら『アイテムポーチ』の使用料を払うということで決着はついた。
なんだか少しプラスな方向にばっかりなことが起こって不安になる。悪いことが起きないといいが、どうもこういう時の勘は昔からよく当たったものだ。
けれども商人は度胸だ!伊達に勇者やってたわけじゃない、幾たびの修羅場を潜り抜けてきたんだ!
精神が病んだ光のない目だけは今でも一番恐ろしくてたまらないけどな!
「それじゃあリクトさん、明日はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
行商人としての名前はもちろんリクトと名乗っていく。
本名であはあるが顔もあまり知られていないし偶然同じ名前として認識されるから勇者とは気づかれることはない。
勇者時代の時も普通の服で出歩いても勇者とは気づかれなかった。地味な服装と言ってしまえばそれまでだが、自分から
名前を名乗っても勇者とは思われもしなかった。
まあ、名前が同じなんですねくらいしか言われなかったよ。
それはそれでちょっと悲しかったな…………
明日から数日は海の上なのでもうちょっと食料品を買い足しておこう。
なに、それくらいの金はあるし、足りなくなったら少し安めに売ればその場しのぎの金はできる。
新たに食料を買い足した翌日、俺はクラケン運輸の貨物船に乗り、同乗しているメンバーと顔を合わせた。
「どうも、行商人のリクトです。勇者と同じ名前なんで勘違いしないでくださいね」
勇者ならではの鉄板ジョークをひとつかますとわっはっはっとこれだけで笑いが取れたことに好印象を持てる。
けれども、海の男って細かいところは気にしないタイプだから小さいことを言って喧嘩にならないように注意だ。
そしてついに貨物船が出航する。ここまで大きな船に乗るのは初めてだ。
大陸を渡る時は、魔物が襲い掛かって大変なことになるため最低限の人数で何とか広大な海に出た記憶がある。
あの頃は普通に死を覚悟したね。海の上で鎧を着て戦うなんて、足を滑らしたら待ち構えていたるのは死なのだから。
「運がいいな。今日は風向きあ良かったからスタートダッシュ決めることができたぜ!」
「スタートダッシュが決まったら何かいいんですか?」
「いや、特にはないけど勢いよく出航出来たら気分がいいだろ?」
「ははー、なるほどなるほど」
俺の行商人として初の船出だから確かに勢い良かったら成功する気はする。
船員の兄さんの言葉に共感できるよ。
世界が平和になったから海の魔物もかなり少なくなった、というよりおとなしくなったという方が正しいか。
これは勇者一行しか知らない話だけど、魔王が魔物を凶暴化させていたことに関係している。
魔物を凶暴化させて意のままに操れる魔王がいなくなったおかげで海の旅も常に警戒せずにゆっくり眺められる。
太陽の光がキラキラと反射している。波打つたびに光の動きも変わるから綺麗だ。
あの時はこんな余裕もなくただただ海に潜む影がないか警戒していた。
嗚呼、平和万歳。
海を眺めている俺に船員のおっさんが近づいてくる。
手には財布らしい布袋を持っているから俺を行商人として接してきてるな。
「おにーさん、煙草もってない?」
「タバコと言っても紙巻や葉巻、嗅ぎタバコの種類を言ってくれなきゃ困るよ」
「おお、そんなに種類があるのか。ま、海の上じゃ湿気っちまうから嗅ぎタバコくれ」
「はいはい、これ一つで銀貨二枚ね」
銀貨二枚というと食堂で二食分で大人が満足できるくらいの料金だ。
正直な感想だが、タバコより飯を食った方がいいんじゃないかと思うんだ。
飯は毎日必要な物となるし、嗜好品のタバコを止めたらそれなるに出費を抑えることもできる。
ま、やめろとは言わないさ。商人はただ売るだけ、卑怯だけど違法じゃなかったらいいのさ。
船はどんどん進んでいく。あっという間に陸も見えなくなって世界にポツンと残された気分だ。
残してきたのは俺の間違いかもしれないけどね。
「おにーさーん!ちょっとこっちに来てくれなーい!」
「はいよー!」
行商人はフットワークが軽くないと。いつだれが求めてくる時に手腕を発揮しないと。
呼ばれた方に行って俺は商売に励む。
泡ジュースを求めていたので心置きなく売ってきた。
海の船に乗る人は主に男しかいないと思っていたんだけど、女の人もいるんだな。
ちょっと偏見かもしれないけどなかなか珍しいと思ったよ。
向こうの大陸に着いたら俺は勇者じゃなくてただの行商人になる。
そこから俺の新しい人生が始まるんだ!
頼むから、本当に頼むから邪魔しないでくれ!
この清々しいほど晴れている青空を見ながら心から願った。
流石に大陸を跨いだら彼女たちの立場上、追ってはこれないだろう。
願うほどでもなかったか、HAHAHA!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます