第一話 勇者、行商人になる
城を出たその日のうちに王都の食料品や嗜好品をそれなりに買って出発した。
そういえば、勇者としての旅は最初から仲間がいたから一人旅って感じじゃなかったな。
初めて王都を訪れた時に父さんとわーわー言って話してたのを思い出す。
未来が過酷で、凄惨な結末が待ってると知らずに…………思い出すだけで恐ろしい。
時、なぜループしているか思い出していた。思い出そうとしても何も分からない。
何度もループしていた際にも調べていたんだけど、結局何も分からなかった。
もしかしたらこれ自体が夢っていう恐ろしい現実が待っているかもしれないけど考えたら負けな気がする。
えっと、ここじゃあ王都の品はあんまり売れないから港町に行こうかな。
『アイテムポーチ』という中に入れている限り物が劣化しないという魔法の道具は大量にもっているので時間経過の心配は少ない。
物は鮮度が大事、親父もよく『アイテムポーチ』は必需品だって言っていた。
いつどこで作られたか分からないものだが、多く流通しているため多少値は張るものの、金さえ積めば誰でも手に入る代物となっている。
それらを大きなバックパックに入れてるから量も質も問題ない。
もしお金が無くなったら狩りをして最低限の物を買う予定にはしている。伊達に勇者をやっていた甲斐あって狩りもできるようになった。
懐かしい、装備を整えるために資金が底を突いて致し方なく野宿することになった思い出も、何度もループを繰り返した今では遠すぎる美しかった思い出となってしまった。
さて、感傷に浸ってまったりと歩いている余裕はないぞ。追いつかれない程度に早く港町に行って世界各地を巡りながら商売をするんだ。
ここじゃ普通にあるものが海の向こうだと珍しかったりするし、またその逆もある。
それに世界を巡り歩く商売ってロマンがあるじゃないか!
今まで堅実な一本道で魔王を倒す旅だったが、こういう放浪とした夢のあるのもいいな。
もうちょっとペースを上げたら明後日の朝には港町に着く。だが徹夜したら明日の夜には着くはずだ。
みんなはたった二日で港町に行くとは思ってないだろ。
さあ行くぞ、新たなる商人ライフを求めて!
〜●〜●〜●〜●〜
「すかー…………おおうっ、どれだけ寝てた?」
ぐっすり眠っていたら突然体がびくってなって起きる時ってあるよね。え、ない?みんなにも同じこと言われたよ。
徹夜で進行し続けて昨日の夜に何とか港町に着いたんだった。そのままちょうど宿をとることができたからぐっすりと眠っていたわけさ。
勇者だったら顔をよく知られていないかって?実際のところはそうでもない。
ほとんどの人は勇者なんて似顔絵や伝聞でしか知らないのだから。
俺の似顔絵を見たことがあったけど美化されすぎたもはや誰だよってツッコミを入れたくなった。
さて、今日から少しずつ商売始めるか!
ここは海の町なだけあって船乗りが多く、魚介類より肉を求める人が多い。
干し肉はもちろん、定食屋で使うような新鮮な肉も欲しがる人も多い。
飲料だと酒だな。船に乗っている間は禁酒していて陸に上がった時に酒を浴びるように飲むのが普通と聞いた。
そこであらかじめ王都の美味いと評判の酒を大量購入した。
たくさん買うから少しまけてもらったぜ。それに下戸でも飲めるアルコール抜きの泡ジュース(炭酸ともいう)もまけてもらった。
あんなにおまけしてくれたからまた買い付けたいと思うけど、もう王都は行かないしな…………
まあそこは諦めが肝心だ。行商人に執着は禁物!一つを頼ってちゃいつか失敗する。
行商人の証は勇者の旅に行く前にとっていたから絡まれる心配はない。
旅をしている時もたまに商会に寄って更新していたし、確か最後に更新したのは去年だったから次の更新までの時間はかなり持つ。
「王都で評判のラム酒あるよー!飲めない人も泡ジュースアルから早い者勝ちだよー!」
行商人の証である青旗をバックパックに差して声を張り上げながら練り歩く。
声が大きいと怒られる時もあるが、誰よりも大きい声を出す行商人はよく売れるのさ。
「なあ兄ちゃん、どんな酒か見せてくれねえか」
「はいはい、ラム酒だけじゃなくてビールもあるよお客さん。酒がダメなら泡ジュースもいかが?」
「結構持ってんじゃねえか。じゃあラム酒を二本。そうだそうだ、泡ジュースも一本くれ」
「毎度あり!お兄さん、一つ聞きたいけど次に向こうの大陸に行く船はいつ出発するんだ?」
「ああ、俺はこの前帰ってきたばっかりでさあ、飲めない嫁さんと飲みたくて仕方なかったんだよ。確かうちのところの出航日は…………明後日の朝になるはずだ」
「そっか、ありがとう」
酒と泡ジュースを王都よりもやや高い値段で売って交渉を成立させた。
少し高いと言われても、わざわざ『アイテムポーチ』を使って王都から運んだんだからと言えばおしまいだ。
高い魔法の道具を使って遠いところから運んできた手数料みたいなもの、相場から安く買って遠くで高く売るのが行商人の商売さ。
「そこの行商人さん、あんた船に乗りたいのか?」
「ああ、王都の商品を売りに行こうかと思ってるんだ」
「急ぎならうちに乗りなよ!うちは大きな貨物船でさ、明日に出航するんだ。ほら、貨物船って海賊を相手にすること以外結構暇だろ?それにいいのたくさんありそうだしな」
「いいのか?運賃とか必要になるはずだと思うけど」
「逆に料金を払う募集を出すほどうちの船長が欲しがってんのさ。大酒飲みのくせに酔うことができなくていつも俺たちで持っていく酒が尽きるんだよ」
「おいおい、船乗りが海の上で酒飲んでいいのか?」
「はっはっはっ、まあ俺らの船で飲めるのは船長だけだし副船長のほうが優秀だからな!ただで載せる代わりに少しまけてくれよ?」
「まあいいだろう。変な扱いさえしなかったら商売する仲だ」
よっしゃ、明日に乗れる船げっと!
タダどころか報酬つきで乗せてくれるならもうちょっとここで酒を買ったほうがいいかも。
ぶっちゃけ怪しいと思うかもしれないけど雰囲気で嘘じゃないということはわかる。
嘘はある程度見破れるよう訓練されてるからな。
明日には海の上だ。話を聞く限り、あの船の上だと飛ぶように売れるはずなので新鮮な野菜や干し肉も買っていったほうがよさそうだ。
「そうそう、クラケン運輸にバザールの紹介で来たって言ったら1発だぜ」
「そうか、持ち金は少し多めに持っていけそっちの船員に伝えておいてくれ」
「はいよ!」
クラケン運輸のバザールね。クラケン運輸は確かこの通りに来る前に大きな看板で一回見たな。
ふむふむ、貨物船でも行商人が必要になることってあるんだ。勉強になる。
海を渡ったら彼女達も立場上追ってこられないはずだ。
さらば、生まれ故郷の大陸よ、俺は世界を巡って商売して生きて行くぜ!
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