不屈のライゴウ

まさまさ

第1話 失われし危機①

「たまごと大根。あと熱燗」


 月明りの無い夜。寂れた団地の中に存在する遊具の無い公園に、ポツリと鎮座する小さな屋台。所々が破れ、修繕されたボロボロの赤い提灯からは『おでん』の文字が微かに読み取れた。


 人気も生気も感じられない空間の中、使い古された鉄鍋の中で煮え滾るおでんの音が響く。今日はもう店仕舞いにしようかと屋台の店主が思った矢先、灯る行燈に誘われたかのようにやって来た一人の白髪の老人が、暖簾を潜るや白い息を漏らしながら淀み無く注文を告げる。


「へいへい。いつものね」


 擦り切れたねじり鉢巻きを禿げ頭に巻いた老店主は見慣れた客に対し気の抜けた返事すると、吸いかけの紙たばこを地面に落とし、サンダルの爪先で踏み付けた。


 腰が曲がり、足取りも細々として頼りない店主は震える手で箸を掴み、鍋の中を弄る。箸を掻き回す度に香りの染みついた湯気が狭い屋台に充満した。


「まだ紙煙草なんて吸ってるのか」


「儂の生き甲斐よ。殺されたって止めやしねぇ。はいよ。たまごと大根。そんで熱燗ね」


「……」


 年季の入った皿に盛られたおでんの具。客の老人はもうもうと湯気が立ち昇るおでんを細い瞳から覗く灰色の瞳で眺めていた。


 闇夜に溶け込むような漆黒のトレンチコートに身を包んだ客の老人。後ろ髪が肩に付くまで伸びた白髪は銀狼の体毛の様に荒々しく、その目つきは研ぎ澄まされた刃の切っ先の如く鋭い。


 顔には重ねた年月分の皺が刻まれていたが、それが表情に深みを帯びさせ威厳として現れていた。


 静かな夜が似合う、匂うような色男。


「……おりゃ」


 そんな色男が、何を思ったか握った箸を大根へ突き刺し、一気に口へ放り込んだ。


「はふっ!はふっ!ほおお!!」


 老人は口の中で弾ける熱に悶えながらも何とか咀嚼し、喉の奥へと叩き込む。暫しの悶絶の後、目を見開き熱の籠った息を吐いた。


「いやぁ!たまんねぇな!やっぱりおでんはこの食い方に限る!!」


 野太いがしかしどこか子供のような無邪気さを含んだ声が静かな公園に響き渡る。店主は苦笑いを浮かべながら自分用の熱燗をこさえていた。


「にしてもよ、相変わらずくったくたに煮込まれてんな。いつのヤツだよコレ」


「三日か四日か……。もう覚えてねぇよ。今のご時世、こんな屋台に飯食いに来る奴なんか物好きな年寄りぐらいしかいねぇよ」


 店主は零れ落ちそうになった入れ歯を慌てて手で押さえながら、骨董品である薄型液晶テレビの電源を入れる。


「にしても、凄い時代になったよなぁ。俺達が若い頃も凄かったが、今はもっと凄い」


「あぁ……。本当に、どえらい時代になったもんだよ……」


 二人の老人は郷愁と共に酒を呷る。


 そんな風情をぶち壊すかの如く、黄色く色褪せたテレビの液晶からは建物が崩れる轟音との熱い絶叫が響いた。


 液晶の画面に映し出されていたもの。それは、まるで昔のアニメや漫画で見たような二足歩行の巨大なロボットが、巻貝を巨大化させたような謎の生命体と街中で戦闘を繰り広げる光景。


 ――時は西暦二千二百十二年。厳寒の候の出来事であった。





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