剣をもって何をなす?

和泉茉樹

第1話 旧都

      ◆


 着いた、と私の口から自然と声が漏れた。

 それぞれに荷物を持ち、それぞれのペースで蒸気機関車から改札へ向かっていく人の群れから、私はあっという間に取り残された。何人もの人が不審そうに私を見る。 

 それでも私は、高い位置にある天井を見上げて、それを支える柱と壁の造形に息を呑むしかない。

 かつての皇国の中心地である旧都の駅舎は、私の故郷にあるありとあらゆる建造物をそれだけで圧倒している。故郷の役所の建物は、丸ごとこの構内に入れそうだ。そもそもからして線路が六本も並ぶだけで、私からすれば信じられない土地を占めている。

 駅員がこちらをじっと見ているのに気づいて、やっと私は荷物を背負い、改札へ向かい始めた。

 私が下りた客車に入れ替わりに乗り込む客が大勢いて、私はだいぶ邪魔だったようだ。数は一〇〇どころでは済まない。こんなに大勢が蒸気機関車を利用することなど、想像したこともなかった。私の故郷は路線の外れに近く、私が乗車したときにも一緒に乗ったのはほんの十人程度だった。

 荷物が意外に重い。一番重いものは分かりきっているけれど、それは絶対に持っている必要があるものだ。

 やっとの事で改札を抜け、私をこの大都会まで導いてくれた切符は私の手を離れた。

 駅舎の中はやはり混雑している。再会を喜ぶ人たちもいれば、別れを惜しむ人たちがいる。旅から戻ってきて安堵している雰囲気の人もいれば、これからの旅に胸を高鳴らせているのが良く分かる人もいる。

 私はそんな中を抜けて、表へ出た。

 おぉ、と声を発した私に、すぐそばにいた夫人が胡乱げな目を向けてくる。

 それとなく愛想笑いをしてその場を離れるけれど、さて、どこへ行けばいいだろう。

 故郷の街を離れるにあたって、私が都合してもらえたものは二つある。

 一つが住む場所だった。上着のポケットから紙片を取り出し、それに書かれている住所と簡単な地図を確認する。視線を彷徨わせると、街頭に番地を示す標識が見つかった。といっても、旧都の全体がわかっているわけではないので、どちらへ行くべきかはまだわからない。

 ちょっと歩いてみようかな。

 旧都の構造は有名だ。

 北に皇族が住む宮殿があり、そこからまず御前通りという名称の大通りが、真っ直ぐ南へ伸びている。そして宮殿と御前通りの接点を中心に、同心円状に半円を描く通りがいくつもある。この通りは宮殿から離れるほど楕円を半分に切ったように形状が変わり、一番南にある通りが形成する線の両端ははほとんどが南北に伸びる通りと言っていい。

 さて、私が今いるところはそんな旧都の南東の角にある「旧都駅」で、目の前の通りはどうやら東西に伸びている。なら、西へ進めば御前通りにぶつかるはずだ。

 そんな見当で私は歩き始めた。

 しかし、いきなり私は困難に直面することになった。

 通りには人が行き交い、それだけでも私は気を飲まれていたのに、その往来でいきなり悲鳴が上がったのだ。

 誰かが、人斬りだ! と叫んだかと思うと、強盗だ! と別の声がした。

 さらに女性の甲高い悲鳴が何度も響いた。

 そんな中で、旧都の人たちがどうしたかというと、逃げもせず、むしろその騒動の方へ動くような形になった。自然、私もそちらに流されることになった。

 ただ流されたはずなのに、気づくと私は騒動を囲んでいる観客のような人々の最前列にいて、目の前で何が起こっているか、はっきりと確認することができた。

 商家のような建物の前で、二人の男が剣を抜いている。

 一人が妙齢の女性の首に腕を回しており、その女性が暴れているのに対して、腕力の強そうな腕はビクともしないし、男も動揺しない。

 もう一人は、地面に両膝をついてすがりついている中年男性を蹴り飛ばしたところだ。蹴り倒された男性は服装からして、商家の主人らしい。

 男が何か喚いて、またすがりつこうとした中年男性を蹴り飛ばす。

 周りにいる人たちはただざわついているだけで、目の前の非道に非難の声を上げるでもなく、ヤジを飛ばすでもなく、ただ、事態を見物していた。

 なんで誰も止めないのだろう。

 私が何を考えたかは、言葉にはできない。

 直感的な行動だったからだ。

 私は背負っていた荷物を放り出すと、そこから一番重い荷物を引き抜いた。

 それは剣だった。

 私が剣士である証明だった。

 正義をなすための道具だった。



(続く)

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