第10話 別天鏡

 振り返ると、包丁を握った男が腰を抜かしていた。


「おい、大丈夫か? っていうか、俺の事刺そうとしてた?」


 状況的にそうだ。ひん曲がった包丁が近くに落ちているんだからな。ちなみに、俺はアイオロスと契約しているので、空気を楯代わりにすることなど朝飯前だ。


「な、なんで……」


 なんではこっちのセリフだ。こんな男と面識なんてないんだからな。


「まさか、プライマリーアルファ社の回し者か?」


「ち、違う! お前を殺すよう頼まれた。殺して、お前の持ち物全部を回収しろと」


 持ち物か。狙われているものとなると、あれしかないだろうな。


「【別天鏡(ことあまつかがみ)】。これが狙いか。そうなんだろ?」


 俺は手持ちのバッグから、クリアケースに入れた古文書を出して見せた。


「いや、知らな……」


 そう言いかけた途端、男の頭部は破裂した。血しぶきが飛ぶが、俺の契約精霊アイオロスはそれを攻撃と認識し、弾いた。


「自爆か!?」


「面倒ごとに巻き込まれたわね」


 アルハスラは何でもないことのように告げる。こいつも人が死ぬ場面には慣れてしまったらしい。原因は間違いなく、ここ二年の異世界での放浪生活だろうな。


「やっぱそんな古文書捨てたほうがいいって。命狙われるし」


「別に俺が狙われる分にはいい。だが、【別天鏡】を奪うための鉄砲玉にさせられる人間が出てくるのはまずいな。こうして口封じのために殺されるみたいだし」


「それだけの重要情報持ってること自覚してよ。それと、さっさと逃げないとマズいんじゃない? 状況的に、私らが殺したみたいになる」


 それもそうだ。


 俺はアイオロスの力で飛び上がり、即座にその場を離れた。衆人環視の中魔法を使ってしまったが、まぁどうにかなるだろ。


【別天鏡】とは、異世界の歴史書だ。異世界のシン暦という暦で言うと、およそ千年ほど前に書かれたものらしい。


 あの不可思議な男、ファルグスが押し付けてきたものだ。


 まぁまぁ役立ちそうなので、未だに持っている。


 一見すると普通の歴史書なのだが、問題は未来の出来事まで、現代日本語で書いてあることだ。テレプシコラーによる【世界蹂躙】や、その後現世と異世界が繋がることまで書かれていた。最後のページの内容は、異世界と現世の滅亡だった。


 内容をどこまで信じていいのか分からないが、この歴史書の存在をWOOPsは知っており、狙っている。未来を予知して、よほど競争を有利に進めたいのだろう。


「さて、どうするかな? これを最大限利用して稼ぎたいんだが」


 こんなオーパーツはなかなかないしな。


「まずは警察を撒くところからじゃない?」


「そうだな。今の様子も絶対、オプティカルアーツ社に撮られてんだろうなぁ」


 オプティカルアーツ社は、光学機器と人工衛星の開発に特化した会社だ。俺の一挙手一投足をデータベースに保持することなど容易い。外部からの開示請求があれば、俺が戻ってきていることも世界中にバレるだろう。


 うーん。戻ってくるんじゃなかったか?

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