第2話 水の大聖女

 それから二年後。突如として異世界に繋がるゲート技術が実用化された。


 なんでも、テレプシコラーは地球の資源が枯渇したときのために、他に文明のある惑星を探していたそうだ。そんな惑星との間にゲートを開き、瞬時に移動できる装置を開発していたらしい。


 そんなわけで、国連の認可を受けた企業が、異世界にこぞって進出するようになったのだ。


 俺はそんな企業のうちの一つ、プライマリーアルファ社のバイトとして雇われた。

 まぁ、テレプシコラーの【世界蹂躙】で人口は半減し、世界も荒廃したし、職に就けるだけありがたいといったところか。


 基礎研修ではなんと魔法を覚えさせられた。それなりに手っ取り早く習得でき、かつ効率的に身を守れるのは、やはり現地の魔法らしい。


 現地人とのコミュニケーションルール等について学び、商品運搬の手伝いを二週間ほどしてきた。


 今は異世界の聖地と呼ばれる村、ルーラオムに行った帰り。覇権国家カルネス王国西の大都市、サルーテから車を運転すること二時間で到着する。


 こんな辺境までやってきたのは、聖水を採取し、現世にて高値で売るためだ。


「あの、レギアさん。俺今日でバイト辞めます」


 澄み切った空気に草薫る平原のど真ん中。そこで、俺は、社員さんに告げた。


「なんだと! お前仕事なめてんのか。大体、今いきなり辞めるって言ってすぐに受け入れられるわけないだろ!」


 この社員さんはいつだって横柄極まりない態度だ。これで現世に戻った途端、優しいふりをするのだから質が悪い。


「でも、さっき現地民の方に聖水の代価として渡したの、現世じゃどこも買い取らないようなくず鉄ですよ。これじゃあ、まるで詐欺じゃないですか」


「うるさいな。バイトの分際で会社の方針にケチをつける気か? そういう文句は結果を出してから言え! そもそもな、ルーラオムの現地民だってお代は要らないって言ってただろ」


「それは、女神の加護は人種の違いに関係なく万人に行き渡るべき、との教えを遵守しているからです」


「向こうの価値観なんてどうでもいいんだよ。それに、バイトごときが現地の文化まで知る必要はない。荷物護れて、運転免許証持ってる。それしかお前には要求していない!」


「じゃあ俺じゃなくてもできますね。今までお世話になりました」


 俺は大振りの自動車を降りて、まっすぐ歩きだした。


「ここ辞めてどこ行くんだよ? 言っとくが死人や行方不明者を出したら国連からの異世界営業許諾に影響が出る。せめて現世に戻れ」


「嫌です」


 俺は何もかもうんざりした。金のためなら何でもする聖水採取企業。それを見逃す国連。現地民の宗教・文化・歴史すらまともに理解しようとしない社員。


 これでは、人類の文化、金、兵器をほしいままに蹂躙したテレプシコラーとやってることは一緒だ。


 こんなところでは働けない。


 許諾とやらも失ってしまえばいい。俺が異世界で行方不明になれば、さすがに国連からの監査も入るだろうしな。


「待てよ。ここには実行部の社員もいる。逃げられると思うのか?」


 レギアさんはそんなことを訊いてくるので、俺は笑顔で返した。


「それで脅しになるとでも?」


 実行部の社員は現地民の魔法騎士と現世の傭兵を合わせた精鋭部隊だ。勝つのにはそれなりに苦労する。


 だがそんなこと、想定内だ。


 すぐさま神官服を纏った少女が現れる。


「話は聞かせてもらったよ。レギアさん。へぇ、この鉄貨とかいうやつ。そっちじゃガラクタなんだってね」


「そ、それは……」


 まさか現地民に聞かれているとは思わなかったのだろう。社員さんは皆狼狽している。


 この少女はルーラオムの現地民、アルハスラさんだ。13歳くらいだと聞いているが、この世界でも指折りの実力者だ。


 そして、俺が既に買収済みだ。


「回収するね。極大魔法……」


「待て! いや、待ってください!」


「【水精砕波】」


 大洪水が炸裂した。実行部の社員とやらも、さっきまで俺が運転していた車も全て押し流される。さっきまで草原だったここには、立派な湖が顕現していた。


「ただの妄言だと思ってたけど、本当にあなたの言う通りだったのね」


「俺を信じてよかっただろ?」


 俺はクリアケースに入った入界カードに、ナイフでバツ印を付けた。


 もう二度と現世には戻らないという、決意表明でもあった。


「いや、あんたも同罪だから。連帯責任? ってやつ!」


「フッ、やっぱお前くらいの年頃は、新しく覚えた言葉を使いたがるよな」


 次の瞬間、高圧水流で俺は吹っ飛ばされ、湖に叩き落された。通りすがりの馭者に助けられなければ、さっきのくだらない冗談が最期の言葉になっていただろう。

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