最期に一目会えたなら②

 黒い屋根の家は、ちょっとだけ汚かった。

 家の前はそうじされてなくて木の葉だらけだし、玄関マットだって泥だらけだ。

 ドアを二回、コンコンとたたく。しばらく黙っていたら、家の中から「どうぞ」と、女の人の声がした。

 僕は、家の中に入るのが少しだけ(ほんとはすごく)イヤだったけど、思い切ってドアを開けた。


「失礼します。グリムニルさんのお母さんに、お届け物です」


 僕は家に入りながら、元気よくそう言った。

 だけど、玄関にはだれもいない。家の中は、森よりもずっと暗くてとても不気味。


「私、動けないの。悪いんだけど、もっと奥まで来てちょうだい」


 家の奥から声が聞こえる。

 僕は、かばんの中から星くずのカンテラを取り出して、目の前を照らした。家はあまりそうじされてないみたいで、あっちこっちにホコリがつもってる。

 おばけ屋敷みたいだと思った。けど、聞こえた声は優しそうで、とてもおばけとは思えない。ホコリだらけのろうかを、僕はクツのまま歩く。


 ろうかの先には、広いお部屋。キッチンもあるリビングだ。

 その奥に、女の人がいた。


「いらっしゃい。小さな魔法使いさん」


 白い髪が、グリムニルさんにそっくりな女の人。長いとんがり耳もグリムニルさんそっくり。椅子に座って、膝に杖を乗せて、部屋を突き抜ける木によりそっていた。


「ヨルズといいます」

 

 ヨルズさんはにっこり笑った。僕はあわててお辞儀する。


光星みつぼしそらです。

 あの、グリムニルさんの、お母さん?」


 僕がたずねると、ヨルズさんはうなずいた。


「ええ。そうよ。ありがとうね、こんな辺鄙へんぴなところまで」


 っていうのは、すごく田舎いなかって意味だったと思う。僕はブンブン首をふった。


「あの、森の中、楽しいです。木が突き抜けてる家なんて、はじめて見た!」


 そう言ったら、ヨルズさんは「うふふっ」て声出して笑った。


「あ、そうだ。グリムニルさんからのプレゼント。アルバムだよ」


 僕はヨルズさんに近付いて、カバンの中からアルバムを出す。

 その時、僕は信じられないものを見た。


 ヨルズさんの足が、ないんだ。

 いや、ないはずがないんだけど、スカートの下から出てるのは人の足じゃなくて、木の根っこみたいなものだった。なんとなく足の形はしてるけど、人の足じゃない。


「あら、うれしい。アルバムって、よその世界にある本物みたいな絵なんでしょう?」


 ヨルズさんは高い声でそう言って僕を見て、僕が木の根っこを見ていることに気付くと、はずかしそうに目をそらした。


「あ、ごめんなさい。はい、アルバムです」


 僕はヨルズさんにアルバムを差し出した。

 ヨルズさんはアルバムを受け取ってページをめくる。


 最初のページには、「誕生日おめでとう!」と異世界語で書かれてる。グリムニルさんと王様たちの集合写真が、「チーズ」って口パクしながらポーズを決めていた。


「あら、すごいわ。アルバムって動くのね」


 ヨルズさんはつぶやく。


「本当は動かないけど、魔法具の力で動くんです」


「まあ、すごいわ」


 ヨルズさんは、じぃっとグリムニルさんを見つめる。その目は、とてもとても優しくて、僕はお母さんを思い出していた。

 お母さんも、時々スマホの写真を見て、おんなじ顔をしていたんだ。その時の写真は、だいたい僕が赤ちゃんのころの写真で、僕はちょっとはずかしかった。


「あら、いけない。おもてなししなくちゃね」


 急にヨルズさんはアルバムから顔をはなして、杖をひょいっとふった。台所にあった木のマグカップがひとりでに動いて、あったかいお茶を僕たちに持ってきた。


横着おうちゃくでごめんなさいね。私、動けないものだから」


 って、いうのは……ええっと……


「めんどくさがり屋ってことよ」


 ヨルズさんに説明されて、僕はびっくりした。


「ヨルズさんも、人の考えてることがわかるの?」


 そうたずねたら、ヨルズさんは首を振った。


「いいえ。私は、そういう魔法は苦手なの。ただね、二千年も生きてると、この時相手はどう考えるかしらって、顔を見ればわかるようになるのよ。

 例えば、そうね。空くん、私の足を見てびっくりしたでしょう?」


 今度はドキリとした。

 ヨルズさんのスカートからは、木の根っこが伸びている。

 確かにフシギに思ったけど、それを聞いたらなんだかいけないような気がして、僕は聞かなかった。だけど、そんなことヨルズさんにはお見通しだったみたい。

 おずおず、ヨルズさんの顔を見る。ヨルズさんは優しくほほえんでる。まるで「聞いていいよ」って言われてるみたいだ。


「あの、ヨルズさんは、足、どうしたの?」


 こわごわ、たずねる。ヨルズさんは笑った顔そのままで、こう言った。


「私はもうすぐ、森へかえるの」


 森に、かえる……?


「あの、どういう……」


「……そうね。人間とエルフは、感性がちがうんだったわね」


 ヨルズさんは、僕にもわかりやすく説明してくれた。


「エルフにはね、人間で言う、『死ぬ』っていう考え方がないの。だから、寿命が終わると、『森へかえる』と言うのよ。

 エルフが森へかえる時、足からお腹、顔という順番に、森の木に似た姿になる。そして最後には、森と一体になって、命を終えるのよ」


 僕は、あんぐりと口を開けた。この時の感情が、唖然あぜんとか、呆然ぼうぜんとかいうやつなんだと思う。

 て、ことは、ヨルズさんはもうすぐ死んじゃうってこと?

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