聖女のスペアは帰れない

大森

第1話

 理解できないモノに直面したとき、とっさにどんな行動が取れるだろう。


 私はいま、目を見開いて、ゆっくり開いていく口を止められず、ぽかん……という顔をしている。

 しているというか、それしかできない。

 だって目の前に、映画やゲームでしか見たことないような、いかにも「西洋ファンタジー」な衣装を着た人達がたくさんいる。金銀赤青緑に紫、カラフルな髪と目と肌を持つ彼らが、大歓声をあげて全身で喜びを表しているんだもの。


「聖女様!聖女様がお応えくださった!」

「我らシュトームの民の声を聞き届けてくださった!」

「お一人ではなく、お二人も使わしてくださるとは……!なんと慈悲深い!」

「聖女様!ウウッ聖女様……聖女様〜〜ァ!!」


 待って待ってすごいうるさい。この人たちなんなの?泣きながら肩叩き合ってるじゃん。感動か?

 いやいや、その前にここどこ?なんかめちゃくちゃ明るくて眩しくすらある。家電量販店の電灯売り場なの?


 そもそもどういうこと?だって、さっき私は、学校が終わってバイトに行くために、バ先の最寄り駅を出たとこだったじゃん。そこで知らない学校の制服を着た男の子とぶつかって、それでごめんなさいって、言って。顔を上げたらこの光景だもんよ。誰でもいいから説明して。


「なんだよこれ……」


 かき消えそうな声を、耳が拾った。

 回想から一気に歓声の渦に引き戻された私が次にしたのは、声の出どころに気がつく、ということだった。

 私のすぐ隣に、さっきぶつかった男の子がいる。彼は今の私と一緒で、ぽかん……としている。

 そうか、背の高さが私と同じくらいだから、彼の小さな声を聞き取れたんだ。一瞬早く我に返ったおかげで、少しだけ冷静な自分を取り戻せた気がする。


 目だけでそっと周囲を伺う。

 まずここがすごく明るいのは、私たちを囲むように投光器が向けられているからだ。赤銅色のでかい拡声器みたいな物の中に、真っ白な光のかたまりが入っている。だから投光器だと思う、多分。それがぐるっと、床の模様の上に等間隔に置かれている。

 床の模様……はもしかしてこれ、魔方陣?フィクションの世界でしか見たことないやつなんだけど。その模様は床を焼き焦がして描かれたように見える。ひょっとしたらさっきまで燃えていたのかもしれない。

 その外側に、今もなお感動のるつぼで咽び泣いてるファンタジー民がいる。人種的に日本人はいなさそうな感じ。いたら絶対にこの状況の説明を頼もうと思ってたのに。

 私達とファンタジー民の間には、ちょっとだけ距離がある。けれども投光器とファンタジー民がぐるりと私達を囲んでいるので、物理的にもタイミング的にも逃げ出す余地はなさそうだ。えー、これどうしたらいいの……。


「聖女よ!!」


 空気がビリッとするくらい大きくてハリのある声が、歓声を割って響いた。

 その途端に、さっきまでの熱狂が嘘みたいに引いていく。次いで聞こえるのは、硬質な靴音。誰かが私達の方に向かってきている。


 靴音が近づくにつれ、ファンタジー民がどんどん壁に寄っていって、まるでモーセが海を割っていくみたいだ。暴力的ですらあった投光器も明かりを落とし、モーセ(仮)のために道を譲る。


 この場をコントロールできるような人が、こっちに来るってこれはちょっと恐怖では?

 周りが静かになったおかげで、今度は自分の荒い呼吸と乱れ打つ心臓の音がうるさいくらいだ。隣の男子くんも、肩で息をしている。わかるよ緊張するよね、わかるよ。


 姿を見せたモーセ(仮)は、背の高い男の人だった。自信と期待に満ちた足取りではちみつ色の髪をそびやかし、若葉みたいな緑の目で私たちをしっかり捉えて離さない。

 そうして手で触れられる距離まで近づいて、モーセ(仮)は突然ひざまづいた。なんで?


「聖女よ。我らが請願に応じ賜り、感謝いたします。」


 せ、聖女……?


 男子くんがぐりんって首を回して私の顔を見る。

 大きな目が「聖女?君が聖女?」って訊いている。

 私は小刻みに首を振り「違う違うそうじゃない、聖女じゃない」ってアピールする。


 ねー!これは人違いでは?気まずいんですけど……。


「聖女?」


 黙り込む私たちに、怪訝そうな声でモーセ(仮)が呼びかけてくる。後ろのファンタジー民も私たちが返事するのを待っている。

 でもこれ、返事をしたら聖女認定されそうでは?うかつに返事できなくない?

 男子くんの袖を引いて、今度はそっと首を振る。返事をしてはならぬ。男子くんも、微かに首を縦に振ったので、危機感の共有はバッチリだ。


「聖女よ」


 とはいえ、私たちに寄せられる返事への期待圧が減ったわけではない。


「聖女よ……」


 モーセ(仮)の眉がちょっとへにょっとしてきた頃、ファンタジー民から漣のように一つの言葉が聞こえてきた。


「様」

「聖・女・様」

「さ、ま」

「様〜!」


 待て待て待て、様付けじゃないから返事しないみたいになってんじゃん!違うって!私たちそんなにプライド高そうに見える?そんなわけあるか!

 あーあー、モーセ(仮)が「!!」って顔したじゃん!


「聖女様よ!!」


 でっかい声で、これが正解だろう?と。瞳をキラキラさせて、これでいいよね?って。


 男子くんの目が「どうしよう……」って訊いてくる。2度目の気まずさ共有タイムです。

 なんか……なんかさあ……、ごめんね。

 一方的なものだとしても、誰かの期待を裏切るのは心が痛む。モーセ(仮)はすごく気のいい人っぽくて、余計にいたたまれない。モーセ(仮)の前では、ため息つくのもためらうレベル。

 頭を抱えたくなる気持ちで、これはもう黙ってたらやり過ごせる場面ではないと覚悟を決めた。


 いちおう女子なので。どっちかというと聖女成分多いのは私だと思うので。

 男子くんの前に一歩出て、息を吸う。

 口を閉じて身動きもしない私たちを不安そうに見ていたモーセ(仮)の目が、パッと輝いた。

 私の背に庇われる形になった男子くんが、あわてた様子で私の肩を掴む。

 だがしかし、言うと決めた私は止まらないのだ。


「違います」


「は?」


「聖女ではありません」


「えっ……」


 モーセ(仮)は顔色を悪くして、固まってしまった。聖女ではない、という言葉が毒のように体中を回っているのかもしれない。明るい瞳は曇っちゃって、眉もさっきよりずと下がっちゃって、口もちょっと開いてるじゃん。大ショックの顔です。ごめんねモーセ(仮)。


 男子くんも、モーセ(仮)の様子に眉をしかめて、苦い顔をしている。人違いとはいえ、お互いいい気持ちはしないよね。

 二人で息を呑んでモーセ(仮)の様子を伺っていると、モーセ(仮)もまた、ひとつ息を吸って吐き出した。バチっと緑の瞳と視線がぶつかる。

 ……待って、なんでまた急に目をキラキラさせてるの?


「聖女様!!」



 いや!だから!違うって!!

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