第47話兄妹戦争戦②

「こ、コトブキちゃん!? 今のモンジローと戦うつもり!? 無茶よ!!」




 エレーナが叫ぶと、にっ、と寿は笑った。




「戦うだなんて大袈裟ですよ、エレーナさん。ただの兄妹喧嘩です。少し規模が普通ではないことになると思いますけど」

「だっ――だからって、相手はモンジローよ!? モンジローは走行中のトラックを素手で停めるぐらいの怪力で……!」

「あんなもん、私にだって余裕ですよ。エレーナさん、私だって『不死身の船坂』の子孫なんですよ?」




 余裕たっぷりに言った寿に、エレーナは二の句が継げなかった。


 寿は右腕を肩からぐるぐると回して言い放つ。




「ああなったお兄を止められるのは、地上に私と、私の親父殿ぐらいです。小学校三年生の頃、お兄に冷蔵庫のプリン食べられて大喧嘩したときは、当時住んでた家を一軒潰しました」




 いや、それはもはや兄妹喧嘩ではなく、兄妹戦争なのでは……。


 人外の怪物の話としか思えない話にエレーナがくらくらしていると、寿が姿勢を低く落とした。




「事務所の階段から転げ落ちて骨折しても、私は三日でくっつきました。未熟者のお兄は骨折なら一週間かかります。単純な回復力と膂力なら、お兄より私の方が強い……心配しなくても大丈夫ですよ、エレーナさん」

「ひっ、ひいいい……! こ、Koto☆って人間じゃなくて化け物だったのか……!?」

「あん? うるせーぞクズ野郎。トップアイドルのセンター張ってる人間が普通の人間なわけねーだろうが」




 寿はそう吐き捨て、カッター男を睨みつけた。




「みんなアイドルなんて大なり小なり超人的なモンなんだよ。その超人的な努力と腕っぷしでお前らに『愛してる』って言ってやってんだ。テメーが大好きなあみるちゃんだってああ見えて宇宙人だったりするのかも知れねーぞ」




 その言葉に、カッター男の顔が蒼白になった。


 その途端、ガラガラ……という鉄クズとコンクリート片が崩れ落ちる音が発し、エレーナはそちらを見た。




 あれだけぶっ飛ばされ、頭から墜落したというのに……紋次郎は無傷であった。


 それどころか、小脇に建設用のH字型鉄骨を抱えているのを見た寿が、はっとして叫んだ。




「お、おいクズ!」

「は――!?」

「今すぐ立って逃げろ! お兄はやる気だ!!」

「な、何を……!?」

「いいから……! 走って逃げろってんだよこの野郎!!」




 寿がカッター男の胸ぐらを掴み上げて立たせ、思いっきり尻を蹴飛ばした。


 多少よろけた男がよたよたと走り始めた瞬間、紋次郎が動いた。




 小脇に抱えた鉄骨を掴み上げ、目よりも高く持ち上げた紋次郎が、怪獣の咆哮と共に鉄骨を投擲した。


 まるでミサイルのように宙を飛翔した鉄骨が、危なっかしい足取りで逃げようとするカッター男の数メートル先へ――土塊を巻き上げながら突き刺さった。




「ひ――!?」




 眼の前に突如降ってきた鉄骨を目の当たりにして、カッター男がその場にへたり込み、白目を剥いて失神した。


 もう逃げることが出来ないカッター男に舌打ちして、寿は紋次郎に向き直った。




「ガ……ガ……!! ウガアアアアアアアアア!!」




 怪物の声を発してカッター男に駆け寄ろうとする紋次郎に、寿がタックルをかました。


 そのままズルズルと引きずられた寿が、頃合いを見て紋次郎の胸ぐらを掴み、自らの足を絡めて投げ飛ばす。


 秘技・大外刈り――かつて柔道では無双の選手と呼ばれたらしい紋次郎をも呆気なく地面に引きずり倒した寿は、地面に倒れ込んだ紋次郎に向かい、何の力加減もない右拳を振り下ろした。




 ゴッ! という音が発し、寿の右拳が地面にめり込んだ。


 野獣の反射速度でそれを避けた紋次郎が、体勢の崩れた寿を引きずり倒し、今度は自分が寿の上に馬乗りになる。




「コトブキちゃん――!?」




 エレーナは悲鳴を上げた。


 まさか、まさかあのモンジローが、妹に手を上げるなんて。

 

 本気で正気を失っているらしい紋次郎に目を覆いたくなったエレーナだったが、それより早く寿が動いた。




「痛っ――てぇな! このバカお兄ぃ!!」




 覆いかぶさってこようとする紋次郎に右足を突っ張った寿が、巴投げで紋次郎を投げ飛ばした。


 再びワイヤーアクションのように信じられない距離を吹き飛んだ紋次郎だったが、今度は頭から墜落することはなく、それどころか空中で体勢を捻り、猫科動物のように地面に着陸する。




 一体、一体自分は今、何を見せられているのだろう。


 この二人は英雄の子孫などではなく、ニンジャか何かではないのか?

 

 私は、私という人間は、想像より遥かにヤバい男を好きになってしまったのでは――。




 エレーナが自らの軽率を嘆きたくなっている前で、紋次郎が地面を蹴った。


 あくまで寿ではなく、へたり込んだまま放心しているカッター男に飛びかかろうとしている紋次郎に、寿が飛びかかる。


 今度は両腕とも指を絡め、力比べの要領で組み付きあった二人が、凄まじい闘気と殺気を吹き上げながら激突した。




「う……!!」




 ミシミシ……! と、指の骨どころか腕の骨まで砕けてしまいそうな音が発し、寿の顔が苦痛に歪んだ。




 いくら『不死身の船坂』の子孫とはいえ、寿は女。


 男である紋次郎の怪力を真正面から受け止めて無事であるはずがなかった。


 見ているだけでどうすることもできないエレーナが半泣きになりかけた時、ふと――紋次郎の口からうめき声が上がった。




「軍曹殿――」




 はっ、と、エレーナと寿は同時に紋次郎を見た。




 紋次郎は――泣いていた。


 さっきの墜落の時、頭から出血していたのか。


 それとも、許容量を超えた怒りのせいで、目の血管が破れたのか。


 文字通りの血の涙を流しながら、紋次郎が再び口を開いた。




「軍曹殿……また……生き残りは、自分だけなので……ありますか……!」




◆◆◆




もうすぐ完結します。


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