第27話衝撃の事実発覚戦

 と――それから数十分後。


 紋次郎とエレーナが住まいを為すアパート『メゾン三笠』の下の道路を、物凄く巨大なキャリーケースを曳いて歩く女の姿があった。


 夕暮れの道を白い秋田犬を連れて散歩する年配の男が、どこの子だろうとばかりに立ち止まって目を丸くする。ガヤガヤとバカ話をしながら路上を歩いていた男子中学生も、すれ違った女のオーラの異質さに気づき、口を閉じて一斉に女を振り返った。




 少女は口を閉じていたが――全身で主張していた。


 自分は他の人間とは違う人間なのだ、と。




 その出で立ちは明らかにこの田舎町に溶け込める装いではなかった。物凄くオーバーサイズのスカジャンにホットパンツ、そして白く眩しい太腿をニーソックスで覆っており、履いているのは某有名ブランドの高級スニーカーである。


 目深に被った帽子の鍔で目元を隠すようにしているが、その圧倒的なオーラは何故なのか人目を集める何かを有しており、ゴミ捨て場にいたカラスまでもが、少女が脇を通り過ぎると顔を上げ、アホーアホーと警戒して鳴く有様であった。


「バカお兄、一人暮らしするにしても、もう少し駅から近いところにしろっての――!」


 少女はやさぐれた声で吐き捨てた。万が一、顔バレする事態を考えると、この田舎町でタクシーなどは使いたくない。だから歩くしかないのだが、駅から三十分も歩かされた脚はもう棒のようだった。ただでさえ病み上がりのこの身体に負担を強いる田舎道が憎くて憎くてたまらず、少女は顔の周りを漂う羽虫を乱雑で手で散らした。


 ようやく、兄が住まいを為すアパートの前まで来た。


 ほう、と、見慣れた佇まいのアパートを見上げてため息をつく。あとはこのクソ重いキャリーケースを持って階段を上がるだけなのだが、なんとなく面倒になってしまった。このキャリーケース、重さはともかく、大きすぎて階段を昇るのには邪魔なのだ。


 どうしよう、LINEでお兄に連絡して持ってもらおうかな……少女がそんなことを考えていたときだった。ガチャ、と、兄が住まいを為す202号室の隣、203号室のドアが開き、中から人が出てきた。


 その人物を視界に入れた瞬間――少女は少し驚いて目を見開いた。


 何しろ――その部屋から出てきた人物は、まるで天使のような顔立ちの外国人の美少女で、その髪が輝くような銀髪であったのだ。


 思わず呆気に取られていると、制服姿のその女性は、フゥ、とため息をつき、こちらに向かって降りてきた。


 あの制服は――兄が通っている星嶺高校の制服だ。まさか兄と同級生? そう察知した少女は咄嗟に物陰に隠れて、その外国人美少女の佇まいを観察した。


 見れば見るほど――まるでお人形さんが魂を得て歩いているような人だった。世間一般の水準から考えてもかなりの高レベル集団に属している自覚がある少女にしてみても、これが同じ人間だろうか? と思える、完成された美貌だった。


 銀髪の少女はこちらに気づかずトコトコと歩いてきて――そこで立ち止まった。


「Подруга……」


 英語ではない、不思議な響きの言葉とともに、少女が俯いた。


「ううん、これはデートじゃない。立派な調査じゃない。何をドキドキしてるのよ、一人で勝手に盛り上がって、気持ち悪い……」


 何だこの人、日本語も話せるのか? 少女がじっと注視していると、銀髪の少女はなおもひとりごちた。


「何を浮かれてるのよ、私のバカ。あの男は『不死身の船坂』そのものじゃない、フナサカ・モンジローっていう、ただのクラスメイトじゃないの」




 船坂紋次郎、しかも「不死身の船坂」だと? 聞き覚えのある単語に、少女は瞠目した。


 まさか、と少女は物陰にかぶりついた。


 この女、この天使のような女、まさか兄の彼女だというのか――!?




 いや、でもそれはなさそうだ。紋次郎はただのクラスメイト、と今この銀髪の美少女は言った。それはつまり、この人と兄は本当にただのクラスメイトで、偶然にも同じアパートに越してきただけのクラスメイトであることを示していた。


 だが――少女は銀髪の少女を凝視した。この表情、これが本当に「ただのクラスメイト」である男のことを口にする表情だろうか。少女の中の女の勘が騒ぐ。これは絶対、恋人、もしくはそれに準ずる存在を想う時のメスの表情そのものだ。


 兄の奴――少女は歯を食いしばった。私がいない間、よくもこんな美少女を誑かしたな。一体どうやってこんな天使みたいに可愛い、しかもハーフかクォーターかわからない、銀髪の外国人美少女を。


 しかもよりにもよって隣に住まわせてるなんて、妾扱いしているというのか。もしかしたら私のいない間に部屋に連れ込んでやることはやったのかもしれない。そう思うと、少女の中の怒りの炎が激しく燃えた。


 約一名の凄まじい怒りの視線にも気が付かず、銀髪の美少女はぶんぶんと何かを振り払うかのように首を振り、どこかへ歩いていく。少女が向かった方向には、近所には貴重なコンビニがある。おそらく、何か買いに行くつもりに違いなかった。


 その隙を見て、少女は物陰から這い出て、キャリーケースを片手で持ち上げると、鼻息荒く階段を昇った。そのノシノシという足音に、兄が誰が来たのかを察知して駆け寄ってくる音が、ドア越しに聞こえた。




 少女がドアを開け放った、その瞬間――。


 ぴょーん、とばかりに飛んできた兄が、仰向けのまま玄関の床を滑ってやってきた。




「コトちゃんおかえり~~~~~~! 復帰ライブ大成功だったね!! お兄ちゃんも学食のテレビで見てたぞぉぉぉぉぉ~~~~~~~!!」




 そんな猫撫で声とともに、ズズズズと床を滑ってきた兄の額を、少女は思い切り踏みつけて止めた。ゲェ、ととんでもない声で呻いた兄を絶対零度の視線で見下ろして、少女は低い声で吐き捨てた。


「生憎だけど、帰って零コンマ五秒で妹のスカートを覗こうとしてくるような兄を持った覚えはないんだけど」

「もぉぉぉぉつれないなぁ!! それに今のコトはスカートじゃなくてホットパンツじゃん! 幾らなんでもお兄ちゃんだって可愛い妹のパンツなんか覗かないぞ!!」

「わかってたけど相変わらずキッモ。とりあえず立って。それとそのコトちゃんっていうのやめろや。いつも寿ことぶきって呼べって言ってるだろ、アホお兄」

「そんなぁぁぁ!! 俺にとってコトはコトなんだよぉぉぉ~~~~~!!」


 ワキワキと、そんな擬音を立てそうな感じで兄が床に転がりながら身を捩った。


「寿なんて呼んだらただの俺の妹になっちゃうじゃん! 俺はアイドルの方のKoto☆も好きだし、アイドルで俺の妹である方のコトも愛してんだよ!! そんなお兄ちゃんをわかってくれるよな、コト!?」

「次コトって呼んだら一生口聞かないから」

「おかえり、寿。復帰ライブ大変だったな。ささ、まずはシャワー浴びてこいよ」

「うす。あとこれ洗っといて、ここまで歩かされてたっぷり汗染み込んでっから。嗅いだらぶっとばす」


 少女は被っていた帽子を取り、玄関に投げ捨てた。


 途端に――いつもライブ映像で見るツインテールではない、肩で切りそろえられたショートカットの、艶やかな黒髪がこぼれ落ちる。




 そう、アイドルとは兎角嘘をつくもの。この少女――船坂寿も、そのご多分に漏れず、人前では常にふたつ、嘘をついている。


 ひとつめの嘘とは、アイドルとしてのトレードマークであるツインテールの黒髪そのもの。アレはアイドルである時の彼女が被っているカツラによるものである。


 二つ目は、性格。いつも弾けるような笑顔と、栄養不足の子猫の鳴き声のような甲高い声は、全くの偽物。本当はこのように、地の底から響き渡ってくるような低くやる気のない声が地声であり――オフになったときのこの少女は、とことん塩対応でぶっきらぼうで、誰に対しても常に仏頂面であるのが地なのである。


 


 そう、若干十六歳にして大人気アイドグループ『La☆La☆Age』不動のセンターである少女、Koto☆は――芸名ではない本名を、船坂寿という。


 そして同時に――この船坂紋次郎が溺愛して止まない、紋次郎の実の妹なのであった。




◆◆◆




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