第2幕 ポンコツお嬢様のお世話をするだけの簡単なお仕事

第8話 風馬颯人は掃除する

 ここから第2幕。いよいよお世話がはじまります。よろしくお願いします!

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 翌朝。

 俺は掃除道具をビニール袋に詰め込んで、天城あまぎさんちへ向かった。

 仕事の連絡はチャットアプリで行われることになった。

 天城さんもチャットグループに入っており、何かあればすぐに連絡がつく。



「お待ちしておりました」



 エントランスロビーのオートロックは千駄木せんだぎさんが解除してくれた。

 俺は部屋の中に案内してもらいながら、ビニール袋に入れた掃除道具を見せる。

 


「家で使ってる便利グッズを持ってきました。どのアイテムもすごい効果で、ボロアパートに巣くう頑固な汚れも一発で取れる優れものなんです」



 そう言って俺は、袋の中からメラニンスポンジを取り出した。



「この万能スポンジなんて、ひとつあるだけで台所や洗面所、トイレや玄関のフロアタイルの汚れまで綺麗に落とせてたったの100円なんですよ! お買い得ですよね」


「ふふっ。風馬かざま様は本当にお掃除がお好きなんですね。通信販売の売り文句みたいです」


「あっ、すみません。趣味をバイトに活かせると思ったらつい……」


「労働に意欲的なのはすばらしいことです。親御さんの同意も得られたようで何より。頼りにしていますよ」


「よろしくお願いします。千駄木さん」


「そうかしこまらないでください。お嬢様に対しても今まで通りの接し方で結構ですよ。瑠璃お嬢様もそれをお望みです」


「千駄木さんがそう言うなら……」


千鶴ちづるです」



 千駄木さんは人差し指を自分の唇に当てて片目を瞑る。



「わたくしのことは千鶴とお呼びください。その方が打ち解けた感じがするでしょう」


「年上の女性を下の名前で呼ぶのは失礼じゃないですか?」


「かまいません。わたくしもファーストネームで呼ばれた方がしっくりくるので」


「千駄木さんがそう言うなら……」


「千鶴、ですよ?」


「……わかりました。それなら今後は千鶴さんで」


「ふふっ。よくできました」



 俺が名前を口にすると、千駄木さん改め千鶴さんは満足げに目を細めた。

 初見では冷たい印象を人に与える美人さんだったが、話せば茶目っ気のある女性だとわかる。面倒見もよさそうでフォローも上手い。天城さんが気を許すのもわかる気がするな。



 ◇◇◇



 それから俺は千鶴さんと協力してゴミ出しを行った。

 足の踏み場と視界を確保したあと、ダイナソー掃除機で埃を吸い込んだ。

 それから水拭き、から拭きをして廊下とリビングをピカピカに仕上げる。



「やっぱり広いな……。リビングに俺んちがまるごと入るんじゃないか」



 部屋の中央にはガラス張りのローテーブルが置かれ、その周りを囲むようにコの字型にソファーが設置されている。広さは12畳ほどあるだろうか。

 壁際には大型のテレビが設置されている。もちろん『天城電機』製だ。

 他に目立つアイテムといえば、ネコのヌイグルミだ。掃除を行う際、大小さまざまなネコグッズを見つけた。天城さんの趣味だろう。



(さすがは会長の娘さんだな。家具や電化製品はどれも高級なものばかりだ)



 天城さんちは3LDKのオートロックのマンションで、全室床暖房、全室自動空調機能付きだった。

 台所はシステムキッチンで、備え付けのオーブンレンジやディスポーザー(生ゴミ処理機)までついていた。



(オーブンやディスポーザーが使われた形跡はなかった。外食がメインなんだろう)



 使い終わったダイナソー掃除機を納戸に収納しながら天城さんの食生活について分析していると、千鶴さんが声をかけてきた。



「ご苦労様でした。あっという間にお部屋が見違えましたわ」


「ゴミ山のインパクトが大きかっただけで、言うほど汚れてませんでしたよ」



 引っ越して間もないのだろう。ワックスがけをする必要もない。

 水回りも汚れておらず、料理をしていないようなので換気扇の油汚れもなかった。



「これで俺の仕事は終わり……ですよね?」



 仕事が終わって手持ち無沙汰になり、俺は困ったように頬を掻く。

 依頼内容は部屋の掃除だった。思っていたより早く終わってしまった。

 口には出さないが拍子抜けだ。せっかくお気に入りの掃除道具も持ってきたのに。



「はい。お掃除””終わりですね」



 俺の問いかけに千鶴さんはこくりと頷き、おろしたてのタオルを渡してきた。



「汗を洗い流してください。遠慮はいりません。お嬢様もそれをお望みです」



 ◇◇◇



 千鶴さんのご厚意に甘えてシャワーを借りることにした。

 ゴミを運んだ際に汗をかいたし、全身埃まみれのまま学校に行きたくなかった。


 掃除をするときはジャージを着ていたので、シャワーから上がったら制服に着替えよう。ありがたいことに替えの下着は千鶴さんが用意してくれた。



(そういや天城さんの顔を見てないな……)



 天城さんはリビングに一度も顔を出さなかった。

 挨拶くらいはしてくれるかと思ったけど、まだ寝てるのかな。



 ――ガチャリ。



 そんなことをぼんやりと考えながら、バスルームのドアを開くと……。




「!!!!!!!???????」

「!!!!!!!???????」




 シャワーから上がったばかりの天城さんと鉢合わせた。




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