嘘 【短編小説】

Unknown

 俺は現在25歳で実家に引きこもっている。小学5年生の頃にクラスでいじめに遭い、それ以来ずっと引きこもっている。中学には1日も登校しなかったし、高校は受験すら受けてない。正社員はおろか、バイトもした事がない。親に精神科に連れていかれた時、医師からは「自閉スペクトラム症という発達障害の可能性がとても高い」と言われた。「うつ病」だとも言われた。だが、極力人前に出たくなかった俺は、一度しか精神科に行かなかった。

 実家で何もせず、ただ自室でぼんやりパソコンをいじっている。ずっとこんな生活をしている俺に両親は愛想を尽かしたのか、今ではもう何も言われなくなった。ちなみに俺はスマートフォンを持っていない。俺には不要だ。

 引きこもり歴は14年を超えた。親の金、親の庇護下で生きている。


「……」


 これ以上、親に迷惑を掛けたくない。

 生きてたってしょうがない。

 最近はずっと自殺を考えている。パソコンで色んな自殺方法を調べた結果、やっぱり最も日本で自殺者の多い“首吊り”を実行しようと思った。練炭自殺は主に風呂の中か車の中で行うが、俺は車を持っていない。それに風呂場では家族に見つかってしまう。硫化水素は薬品の調合の仕方が分からない。頭の悪い俺では難しい。電車に轢かれるのは痛そうだし、飛び降りも痛そうだ。

 なぜ首吊り自殺が1番多いのか? それは、首吊りが最も確実に死ねるからだ。他の方法では確実性に欠ける。もちろん首吊りも地獄の苦しみなのだろうが、ほんの10秒程度我慢すれば全てを終わらせる事ができる。


「とにかく、まずはロープだ」


 俺はネット通販サイトで、太さ12ミリの金剛打ちクレモナロープを購入した。もちろん親の金だ。

 その後、俺は情報収集に勤しんだ。

 ロープの結び方には種類があるらしい。死刑囚に使われるのは、ハングマンズノットという結び方だ。体重を掛けるとロープの首の部分が自動的に絞まる仕組みになっている。あとは、もやい結びという結び方もある。俺は後者の結び方で死ぬ事にした。もやい結びの方が簡単だからだ。

 自宅で首を吊るのは抵抗がある。家族に俺の動きをバレたくない。それに家の中では首を吊れそうな場所が無い。ネット掲示板で調べたところ、国有林で死ぬのが1番誰にも迷惑を掛けないで済むと知った。たしかに、適当な山だと誰かの所有物だったりする。あと俺は首吊りと言えば樹海を思い浮かべたのだが、樹海はただでさえ警備や警戒が強く、遊び感覚で肝試しに来るバカな若者も多いらしい。さらに海外のクソみたいなユーチューバーがわざわざ日本の樹海まで死体を撮影しに来ることも多いそうだ。俺は糞ユーチューバーのネタになってやる気は更々無い。


 ◆


 翌日の昼間、自宅のインターホンが鳴り、アマゾンから荷物が届いた。俺は人前に出たくないから、いつものように母親が荷物を受け取ってくれた。

 俺が自分の部屋を出て1階に降りてリビングに入ると、母が「さっき荷物来たよ」と言った。続けて「なに買ったの?」と聞かれた。


「本」

「そう」


 俺は咄嗟に嘘をついた。本当はその箱の中には自殺用のロープが入っている。

 俺は無表情で箱を持って、階段を登り、自分の部屋に戻った。


 ◆


 俺の部屋のカーテンは常に閉め切ってあって、常に真っ暗だ。俺は部屋の明かりが嫌いだから遮光カーテンを使っている。時間帯を問わず明かりはパソコンのモニターしかない。これが1番落ち着く。


「……」


 椅子に座った俺は箱をすぐに開封した。

 当然、中には白いロープが入っている。袋から開けて触ってみると、肌触りは滑らかで全くザラザラ感は無い。

 ロープを触った事によって、自殺が現実味を帯びてきたような感じがして、俺は何とも言えない気分になった。


「……こんな事する為に生まれたわけじゃなかったのになぁ」


 ◆


 その後、パソコンで俺の住む県の国有林がどこにあるのかを探した。「地理院地図」で大まかな位置を把握した後、森林管理局のホームページにアクセスして、具体的な位置を掴んだ。

 小学生以来引きこもりで車の免許が無い俺には、移動手段は必然的に電車かバスかタクシーに限られる。

 電車に乗って近くまで行って、あとは徒歩で歩こう。


「あ」


 そこで俺は、脚立が必要である事に気付いた。でも小さめの脚立だったら家の倉庫にあるかもしれない。

 俺は外に出て、家の裏の倉庫の錆びついた扉を開けた。少し探すと、すぐに小さめの脚立が見つかった。


「よし」


 ◆


 数日後の土曜日、俺は数ヶ月ぶりに風呂に入って、ヒゲを剃り、歯を磨き、顔を洗った。ちなみに髪は長く伸びたままだ。

 今日が決行日。ロープの結び方は事前に何度も練習したから、もう何も見なくても平気だ。

 紺のボロいジーンズと灰色の無地のパーカーを着た。そして黒いサコッシュの中にロープを詰めた。小さい脚立は、適当なデカいエコバッグの中に入れて運ぶ事にした。

 準備を整えた俺は1階に降りて、母に、


「ごめん。今からネットで仲良くなった人に会いに行くから、駅まで送ってほしい」


 と頼んだ。もちろん嘘だ。

 母は驚いた顔になり、


「え、どこの人?」


 と言った。


「県内の人だよ。ネット小説のサイトで仲良くなった人。何年も前から俺の小説のファンなんだって。連絡取り合って、今日会う事になったんだ」


 俺がスラスラと嘘を並べると、母は嬉しそうに笑った。


「すごいじゃん! そういえば涼介は小さい頃から作文とか得意だったよね。頑張ったら小説家になれるんじゃない!?」

「小説家なんて無理だよ」

「でもネットで涼介のこと好きになってくれる人がいるのは凄いことだよ」

「うん」

「●●駅でいい?」

「うん」

「お金は?」

「電車賃だけでいい」

「でも人と会うんでしょ?」

「ああ……じゃあ、よかったら2000円か3000円くれない? 今日は軽く喫茶店で話すだけだから」

「わかった」


 母は俺に3000円をくれた。俺はボロの黒い財布に3000円をしまい、「ありがとう」と呟いた。

 そして俺は母の運転する車で最寄駅に向かい、電車に乗って、国有林のそばまで向かった。俺が今日死ぬ場所だ。


 ◆


 しばらく経って俺が降り立ったのは、古くて寂れた駅だった。駅員は1人しかいない上に、降りた乗客も俺を含めて3人しかいない。山に包囲されたド田舎だ。

 ここから約1時間くらい国有林(山)に向かって歩く必要がある。

 それを覚悟した瞬間、ぐぅ、と腹が鳴った。


「……」


 そういえば24時間以上なにも口にしていない。

 せっかく母から3000円も貰ったんだし、どこかで最期のメシを済まそう。だが、こんな田舎に飲食店があるとは思えない。

 スマホを持っていたら近隣の飲食店を調べる事も出来たが、俺はスマホなんて持ったことがない。

 しかし腹が減って仕方ない。

 俺は勇気を出して、駅員の中年男性に近所の飲食店を訊ねてみることにした。


「あ、すみません」

「はい、どうされました?」

「あっ、あの、旅の者なんですけど、あの、この辺りに飲食店って……ありますか?」

「はい。1つだけありますよ。そこの道を左に曲がってもらってね、まっすぐ10分くらい歩くと“XXX屋”っていう老舗のお蕎麦屋さんがあります。ざるそばがおいしいですよ」

「あっ、ありがとうございます。あ、じゃあ行ってみます」

「旅、楽しんでくださいね」

「はい」


 俺は終始無表情だったが、駅員は気さくな笑顔で応じてくれた。すごく良い人だった。でも俺は家族以外の人と話すのが久し振りで、緊張してうまく言葉が出なかった。もしかしたら不審者に見えたかもしれない。


 ◆


 とりあえず駅員に言われた通りの道を歩いていると、XXX屋という名前の小さめの蕎麦屋を見つけた。【営業中】という看板も出ている。

 俺は少し勇気を出して、店内に入った。


 ◆


 食事をして、会計を済ませて、俺は店の外に出た。外食なんて何年振りだろう……。

 ちなみに俺が頼んだのは、駅員におすすめされた通り、ざるそばだ。

 麺にコシがあって美味しかった。これが人生最期の食事だと思うと、涙が出そうなくらい美味かった。

 店内には俺しか客がいなかった。

 見た感じ、どうやら老夫婦が2人で経営している店らしい。2人とも優しそうな顔だった。

 俺は蕎麦屋と駅員に感謝した。


「また来てね」


 と会計の際に蕎麦屋のおばあさんが笑顔で俺に言ってくれたけど、俺は今日死ぬから、もうここに来る事は無い。


 ◆


 腹を満たした俺は、いよいよ山の中に向かって歩き始めた。

 30分くらい歩いていると、俺は森林の中に入り始めた。小さい虫がぷんぷん飛んでいる。

 何本か首を吊れそうな太い木はあるが、こんな人に見つかりそうな場所ではなく、もっと山奥で首を吊りたいと思った俺は、当初の予定通りもっと歩く事にした。


「……」


 1時間くらい山の中を歩いていると、すっかり周りは木だけになった。だいぶ山を登ったはずだ。ここなら、かなり発見も遅れるはず。


「この木にしよう」


 山登りをして息は多少荒れている。俺はエコバッグから小さい脚立を取り出して、脚立に乗り、太い枝にロープの支柱側を括り付けた。俺の体が完全に浮くように短く強く結ぶ。

 そして、次に首側をもやい結びして、輪っかを作った。

 あとはこの輪っかに首を通して、脚立を蹴っ飛ばせば死ねる。


「……」


 俺は無表情でロープに首を通した。

 あとは、蹴っ飛ばすだけ。蹴っ飛ばすだけ。

 何も考えるな。


「……」


 俺は15年近く引きこもってきた。

 もう死ぬしかない。人生に限界を感じてる。もうこの社会で俺が生きてくのは無理だろうなと悟ったし、今まで生きてて苦しいことばかりだったから、これから先、生きててもしょうがないなと思う。人生に心から絶望した。自殺するしかない。あと、死ぬならできるだけ若い方がいいだろうという思いがある。


「行こう」


 俺は、脚立に乗ったまま体重を掛け始めた。


 ◆


 ──結論から言うと、俺は死ぬことができなかった。


 顔が熱くてパンパンになって目が飛び出そうなほど苦しい。もっと楽に気を失えるポイントがあるはずだと思って、ロープと首の位置を何度か調節する。すると丁度いい位置を見つけた。体重を掛け始めると、だんだん周りの音が何も聞こえなくなってきて、視界が白くなり、少しだけ気が遠くなった。ここで全体重を掛けたら死ぬと思った。

 それでも結局、苦しさを乗り越える事ができずに俺は首吊りをやめた。その後、俺は汗をかいた。顔が熱い。耳鳴りがひどい。

 俺はどう足掻いても死ねないかもしれない、と思って絶望した。

 最後の勇気が出ない。全体重を掛ける勇気が出ない。

 脚立を最後に蹴っ飛ばす勇気が出なかった。


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 情けない事に、俺は死ぬことが出来ず、夜遅くにふらふらと実家に帰宅した。

 俺が家の鍵を開けて、玄関に座って靴を脱いでいると足音がして、


「おかえり」


 と背後から母に声をかけられた。


「うん」


 と俺は小さく返す。すると母は玄関の電気を点けてこう言った。


「どうだった?」

「楽しかったよ。優しくて良い人だった」

「そう、よかったね……」


 なんとなく後ろを振り返ると、なんと母は目から静かに涙を流していた。母は手で涙を拭う。

 俺は無表情のまま、母の充血した目を見て、


「え」


 とだけ発した。


「あ、なんでもないの。ごめんね」


 母は涙を流しながら、笑っている。


 ◆


 俺は無表情のまま階段を登り、自分の部屋に入った。部屋はいつも通り真っ暗だ。

 電気をつけずに椅子に座った俺は、何故か涙がボロボロ出てきてしまった。

 俺は声を必死に押し殺しながら、真っ暗な部屋の中で独り、ずっと泣いていた。顔をぐしゃぐしゃに歪めて。





 終わり

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嘘 【短編小説】 Unknown @unknown_saigo

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