第76話 恐怖

「さぁ……楽しいゲームの始まりだ!」


 社長が両腕を上げると……床に散らばっていたコードが、電気を帯びながら、こちらに向かって襲い掛かってきた。

 それはまるでジャングルにいる毒蛇のようで、僕は咄嗟の判断で避けた。


「ほほう……中々やるねぇ」


 何か……武器になるもの……無いか?

 周りを見てみると……そこに、赤い扉が見えた。


「あれは……」


 僕は咄嗟に扉を開け、その中にある……消火器を取り出し、奴に目掛けて噴射した。

 中身を全部出し切り、空になった消火器を投げつけた……が、その攻撃はいとも簡単に弾き飛ばされてしまった。


「おやおや? 大人気配信者とあろう人が、随分汚い戦法を取るもんだねぇ!」


 奴はまるで光の速さの様に僕に近づき……僕の腹に目掛けて膝蹴りをかましてきた。


「くはぁ!?」


 僕は激痛のあまりその場に倒れ込み、咳き込んでしまった。


「ほらほら……このままじゃ、君はゲームオーバーだよ? いいのかい? 君の視聴者がこんな姿を見たら……どんな風に感じるかなぁ? きっと幻滅しちゃうよねぇ? そうなると我が社の商品が売れなくなってしまう……ということは、ゲームのクリア者が出なくなってしまう、これは問題だねぇ……」


 クソ……どうすれば……どうすればいいんだ?


「ふふふ……でも、ここで君にゲームオーバーになってしまったら面白くない……ここは……」


 そういうと奴は……何やら呪文を唱え始めた。

 僕は恐怖のあまり、後ずさりをするしかなかった……。


「……はっ!」


 奴が呪文を唱え終えると……突然、足元に黒い霧が現れた。

 気付かぬうちに……僕はその霧包まれてしまった。

 そして……僕の頭の中に様々な考えが過った。

 暗闇に落ちる光景、モンスターにやられる光景、そして……美羽さんが死ぬ光景。

そんな考えが、頭の中に何度も何度も流れた。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ああああああああああああああ!!」


 怖くて怖くて怖くて怖くて……僕は頭を押さえ、声が枯れるまで叫んだ。

 まるで動物の咆哮のように叫ぶも、ここは地下奥深く、目の前にいる化け物以外に、この声を聞いているものは誰一人いなかった。


「さぁ……そろそろ帰りたまえ、送るよ」


 その時は恐怖でうろ覚えだったが……社長は元の姿になり、僕をエレベーターまで乗せた。

 そのまま僕は……受付まで戻ってきた。


「あ、社長! ど、どちらへ? そ、そちらは井上純……」

「あぁ、見ての通り井上さんは体調がよろしくないようだ……私が彼女を家までお送りするよ、君も今日は帰りたまえ」

「は、はぁ……」

「では、お疲れ様、行こうか……井上さん?」


 僕は社長の車まで案内され……気が付くと、自分の家に戻っていた。

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