ドロップ 抱き枕

邪悪シールⅡ改

抱き枕

 私の報酬は一本のタバコと火だ。


     ◯


 問題の品は、彼が数秒ほど念じると音もなく姿を露わにした。

「どうしても彼女を……思い出せねぇ。一度頭を潰されてからだ」

 深緑の甲冑は荒野の日光を目いっぱいに浴び、信じがたい高温を帯びていた。

 武器の一切と仕えるべき主を疾うに失い、ただ戦闘の残骸と呼称すべきその男は、彼よりも一回り小さな寝具を抱えている。

 抱き枕だ。

 薄汚れたカバーには半裸の女が描かれていた。 

 薄いケープを纏い、愛しき者を誘うかのごとく手を伸ばす彼女に顔はない。

 その部分だけが引き裂かれていた。

「彼女の顔が消えちまったんだ」

 そういい、男は自身の歪んだヘルムを殴りつける。

「俺の頭が悪いからだ」

 指も数本失われ、返り血で錆びた右拳はそれでも純然たる力だけを垂れ流し、憎々しく更に頭部をへこませる。

「脳みそを変えちまいたい」

「よせ」

 私は彼の顔面に煙を噴きかけた。

 彼は自傷を止め、慌てて私のコートを掴みかかる。

 抱き枕に副流煙を染み込ませたくないのだろう。

「何をしやがる!」

「お前が死んだら『彼女』も永遠に消えるぞ。戻せるかもしれんのにな」

 突発的な感情は戸惑いと希望に代わり、ヘルムの中に潜む単眼へ宿る。

「どうすればいい……? どうすれば彼女は治る……? どうすれば俺は彼女の顔を思い出す……?」

「癒すことだ」

 私は答えた。

「『彼女』の名前は覚えているか?」

 火は消えた。

 タバコは僅かな甘味となり私の脳に残留した。


      ◯


「皆から気味悪がられたよ。殺し、殺されることだけが俺たちの全てだったのに」

 彼の二人乗り改造馬は、時折頭部液晶パネルから火花を吐きつつしっかりと歩を進める。

「良い子」だ。世界を埋め尽くすほどに転がる、建造物や兵器の残片、ありとあらゆる動植物の性質を持つ我々の死した同族らの躯の只中を臆せず走る。

「だから、産まれたときから傍らにいる彼女だけが俺の帰る場所だった」

 件の抱き枕は今、この眼前にない。

 移動中でかさばる故、平時と同様に別の場所にいる。

 甲冑男の「心」に、とでもしておく。

「俺の母であり、友であり、姉であり、愛しい人だった。誰に何と言われようとね」

「蛮勇と死の代償を、誰も支払ってくれなかったんだろ。何をしようがあんたと『彼女』の勝手だ」

「……初めてそんなこと言われた」


続く


     



 


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