第2話 インキャ

 『呪ってやる』――これは飽くまで凛ちゃんのだ。

 凛ちゃんが幽霊になったばかりの頃、


「幽霊になったら、やっぱり呪ったりできるようになるんだ?」


 と凛ちゃんに訊ねたら、


 ――分かんない。出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。少なくともやり方は知らない。生きてるときと変わんない。


 と返された。


 ところで僕は「呪い」それ自体は実際に存在すると思う。特に「学校」という場では。

 決して「学校の怪談」について話しをしている訳ではない。僕が云う呪いとは、いわゆるペルソナのことだ。レッテルとも言えるだろう。

 クラスのリーダーは、リーダーとしてみんなを引っ張っていかないといけないし、ムードメーカーはどんなときも雰囲気を盛り上げないとけない。ガリ勉は、常に勉強に励まないといけないし、アイドルは可愛くなくてはいけない。――このようにみな呪われている。もし、与えられた役目を全うしない、あるいは逸脱したら、その報いを受ける。呪術的に結びあった僕たちはこうして全国に無数に存在する学校というもののその一つを構成する。


 僕の呪い?――それは凛ちゃんが言ったように「インキャ」だ。


 もはや、いつの頃だったか記憶にはないが、初めて「インキャ」という言葉を聞いたとき、「なるほど」と妙に感心した覚えがある。

 それまでは自分は、「暗いやつ」だった。僕はそれに対して違和感をいつも抱えていた。


(暗いやつ、その反対は明るいやつ。なんだ、それ?人間って電灯かなにかか?)


 発光する前提が無ければそれ自体の明闇の議論なんて普通はしない。人は本来、明るくあるべきなのに――そういう含みが「暗いやつ」という言葉にあるような気がしていた。


 一方で「インキャ」はどうだろうか。インキャのインは「陰気」から来ているらしい。

 「陰気」はなんというか、好んで取り入れたものや、自然ととどまってしまう環境により身にまとうようになった空気の話しだ。ただただ「そういう生態の生き物」ということであり、それ以上でもそれ以下でもない。だから、僕はインキャと思われることに何も嫌な気はしないし、インキャを自分のペルソナとして受け止め、違和感を感じることなくそう振る舞っている。


 ところで、その話しを凛ちゃんにしたら


 ――意味わかんない。結局、何が違うの?どのみち、モテないでしょ?


 と一刀両断に突き放された。僕は何も言い返せなかった。


 ――インキャってそんなことをうだうだ考えているの?考え過ぎ。


 考え過ぎ、凛ちゃんにそんなふうに言われたのはその時ばかりではない。しょっちゅうだ。

 例えばこんなことがあった。


「ねえ、幽霊ってやっぱり視力悪くなったりするの?」


 僕の脈絡のない質問に凛ちゃんはぽかんとした。


 ――何の話?


「いや、視力落ちるんだろうなと思って」


 ――なんで?


「目ん玉ってさ、網膜で光集めて、集まった光に視神経が反応してる訳じゃん?凛ちゃんみたいに透明だと、光が網膜を通過しちゃうから、十分な光が集まらなそう」


 ――分けわからん。


「分かんない?つまり……」


 僕が補足しようとすると、凛ちゃんはそれを遮った。


 ――もういいよ、その話し。インキャってひとりでそんなことばっか、考えてるんだね。


 話しが脱線してしまった。学校の呪いについて話しを戻そう。

 先ほど言った通り、僕は「インキャ」という呪いを誰からともなくかけられ、そして僕はそれを受け入れている。本音だ。

 ただ「インキャ」に対する認識が甘かった。教室で「存在しないやつ」として過ごせばいいだけだと思っていたが、「インキャ」の役割はそれだけでは無かった。――「インキャ」は「ヨウキャ」のおもちゃでもあったのだ。

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