第74話

「よし、行くぞ!」


「はっ、御主人様」

 俺の言葉に翔子がついてくる。


「…………あっ」

 碧佳あおかが、なにもないところで転倒した。鳥かごみたいなところに、ずっと閉じ込められてたせいか、足元がふらふらしている。


「こんな状態じゃ、一緒に行くのは無理そうだな。走ることもあるだろうし、戦闘になる可能性もある」


「ここに残していきますか?」

 と、翔子。


「この状態で1人にしておくのもなあ……」


「では、わたくしが、碧佳あおかさんを護衛していましょうか?」

 翔子が提案した。


「それが一番なんだろうが……。うーん」


「なにか問題が?」


「パーティに斥候スカウトがいるのといないのとで、未知の建物の探索は、難易度が全く違ってくるからなあ……」


 この電脳演算都市『バベル』の内部構造は、ゲーム『ファースト・ファイナル』の知識がある俺も知らない。翔子の斥候スカウトの能力は、一度知ってしまうと、もう手放せないほどに便利だ。


「では、こういたしましょう」


 翔子が、いったん黒いどろどろしたアメーバーのような姿に戻ると、2つに分裂した。そして、それぞれがメイド姿の少女へと変化していく。20歳くらいだった翔子の外見は、10歳くらいの2人の少女になっていた。2人は、一卵性双生児のようにそっくりだ。


「翔子1ですー!」

「翔子2ですー!」


「すげーな、おまえ」


「「2つに分裂すると、それぞれの個体の戦闘力は、4分の1程度に弱体化してしまい、斥候スカウト系の能力も3割ほど低下しますけど、周囲に強敵もいなさそうなので、これで十分かとー」」

 2人になった小さな翔子が、ぴったりと声を合わせてしゃべった。


 本当に役に立つやつだ。元が、とんでもなく強いから、4分の1の戦闘力といっても、並の敵じゃ束になっても相手にならないだろう。


「よし、1人の翔子は、碧佳あおかを護衛しろ。もう1人の翔子は、俺についてこい。行くぞ!」


「じゃあ、翔子1が、ご主人さまと一緒にいくから、翔子2ちゃんは、お留守番ね」

「嫌なのー。翔子2が、ご主人さまと一緒にいくのー。翔子1ちゃんが、お留守番!」

「そんなのダメー!」

「ダメじゃないーっ!」

「やー! 翔子1が、ご主人さまと行くのー。いっぱいご奉仕するのー!」

「ダメー! 翔子2が、ご主人さまと行くのー。いっぱいご奉仕するのー!」

「「もーっ!」」


 二人でポカポカポカと叩きあいをはじめる。


「こらーっ、自分同士で喧嘩すんなー」


 俺が言うと、2人はすぐに喧嘩をやめて俺に向きなおる。

「「はい、ご主人さま。ごめんなさいです」」

「じゃあ、じゃんけんで決めろ」

「「じゃんけんぽんっ。……あいこでしょ。……あいこでしょ。……あいこでしょ。」」

 いつまでたっても、勝負が決まらない。元は同一個体だから当然か。


「わかった、じゃあ俺がコイントスで決める」


 結局、翔子1が碧佳あおかの護衛。翔子2が俺についてくることになった。


 碧佳あおかを、俺と翔子のパーティに参加させておく。

「翔子、碧佳あおかにも、『遠隔通信』のバフをかけろ」

「はいっ!」



あるじさま……」

 碧佳あおかが口をひらいた。


「なんだ?」


「わたしの眷属けんぞく、霊獣サンダーバードを同行させるといい。なにかあったとき、わたしに直接データを送れる」


「魔法『遠隔通信』は、翔子も使えるぞ」


「『遠隔通信』が電話での会話だとすると、わたしと霊獣サンダーバードの間は、超高速のデータリンクで結ばれているのと同じ。送れるデータの量が全然ちがう」


「なるほど。いい意見だ。なんだ、自分の意思で考えて行動できるじゃないか。偉いぞ」

 頭をなでてやる。碧佳あおかがぽっと顔をあからめた。嬉しそうな顔つき。


「…………」

 強張こわばっていた碧佳あおかの顔が少しゆるんで、笑みがもれた。


「「あー、ご主人さま。碧佳あおかちゃんだけずるーい。翔子もご主人様のお役にたってるですぅー。翔子の頭もなでなでしてー!」」

 2人の小さな翔子が俺にだきついてくる。


「わかった、わかった。翔子、おまえも、本当によく役立ってくれてるぞ」

 両手で2人の頭を同時になでなでした。

「「わあーいっ。ご主人さま、大好きー!」」



 いったい、俺はなにをしてるんだろう……

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