第69話 電脳演算要塞都市 バベル

 俺も、『バベルの塔』のような形をした建物の方へと走りはじめる。


 ほどなく、先行していた翔子が建物の入口に到着したようだ。しかし、チーター形態の翔子は速いな。時速300kmはででてるんじゃないか。


 今の俺も、ウサイン・ボルトより時速30kmは速く走れるが、さすがに300kmはでない。


 魔法『視界共有』で、翔子が見たものを俺も見ることができる。

 翔子の視界には、大宮司商事が建造した巨大な建造物が目の前にあった。

 デザインの凝った、しゃれた出入り口には、『大宮司商事 バベル』と書かれた看板があげられている。


 でかい建造物だ。敷地だけでも東京ドーム数個分は余裕でありそうだ。高さは一番高いところで、50階くらいはあるか? これ建てるの、いくらかかってんだ?



 入館には、前もって発行されたIDカードが必要なようだ。


「翔子、建物の中をさぐれ」

 翔子にかけてもらった魔法バフ、『遠隔通信』で翔子に命じる。


「はっ」


 翔子は、魔法『スニーキング』を使って、入口から建物内に侵入した。


 『視界共有』で、巨大で豪華できらびやかなエントランスが見えた。一目みても、ヤバイほどの金がかかっているのがわかる。


 明らかに富裕層だと思われる金持ちたちが談笑して、行き交っていた。


 絢爛豪華けんらんごうかなショッピングモール。高そうなレストランが並んだ飲食店街。カジノ。高級ホテル、その他さまざまな娯楽施設……



 建物の警備はものものしい。警備をしているのは、ベルトのついたサブマシンガンMP5を肩から下げている黒服たち。そして、黒服よりは少ないが剣などを装備したダンジョン・ハンター。


 翔子が、巨大シネコンの入口の前を通る。アナウンスが聞こえた。

『当映画館は、他を圧倒する世界最大のスクリーンと、世界最高品質の音響システムが採用されております。他の映画館では体験できない大迫力の映像体験をお楽しみください』


 上映中の作品の一つを見て驚いた。

 え? 『陰●実力者 残響編』が上映してるぞ。すでに完成していたのか? くそっ。ここだけ秘密裏に先行上映かよ。大宮司商事は金にあかして、やりたい放題だな。俺も見たい……

 招待された金持ちだけに内緒で先行上映しやがって……。俺を含め、ファンが知ったら大激怒だぞ。おのれ、KAD●KAWAめ。



 そのとき、翔子の『遠隔通信』の声が、俺を引き止めた。


「御主人様」


「どうした? 朝風エリカは見つかったか?」

 『視界共有』をつかって、俺は翔子に、花凛といっしょに写っている朝風エリカのスマホ写真を見せていた。花凛が女友達たちと遊びに行った時、俺に送ってきたものだ。


「いえ……、見つかりません。が、何千人もの人間が集まっているところがあるようです」


「どこだ?」


「案内板によると、ここから奥に少し進んだところにスタジアムがあるようです」


「よし、スタジアムに潜入して中をさぐれ」


「はっ」




 スタジアムの入口で男が係の者に怒鳴っていた。


「どうして、スタジアムに入れない?!」

 男は、50歳くらいだろうか。

 若い女を連れている。女は、せいぜい18、9歳といったところだろう。年齢差から言って、夫婦には見えない。派手な格好からして、娘でもないだろう。パパ活といったところか。


「お客様のIDカードでは、スタジアムへの入場は許可されておりません」

 受付係の女が答える。


「なぜだ? 私は、代議士北大井先生の第一秘書だぞ。その私でも入れんというのか?!」

 北大井というのは、現在、日本の与党で最大派閥のリーダーだ。


「お客様、ルールを守っていただなければ、大宮司商事の取り決めによって、処断されますが……」


「うるさい。私は、おまえなんかより何倍も偉いんだ! 先生に一言おねがいすれば、おまえなんか……」

 男が受付嬢に迫ろうとしたところで、両側から2人の警備の黒服が男の腕をとった。


「なんだ、貴様らは!」


「この男について、処分の指示が来ました」

 受付嬢が、受付デスクに据えられた端末モニターを見ながら言った。「ダンジョン地下6階の中央部に放棄とのことです」


「まて。こんなことをしてどうなるか、わかってるのか!」

 男の叫び声を無視して、黒服が男をひき連れて行った。



 翔子の姿は、魔法『スニーキング』で、受付嬢たちからは確認されていない。翔子は、受付嬢の脇を通って、スタジアムの入口から中へと侵入していく。




 スタジアム内では、何千人という人間で満員だった。中央の競技場のような場所では、すでに見世物がはじまっていた。


「さて、みなさま。大宮司商事『百太陽帝国イース計画の第一歩となります、この電脳都市『バベル』へようこそ。本日、この『バベル』には、大宮司系の金融機関などで、資産1億円以上を貯金・運用していただいてる方々をお招きしております」

 スタジアムの真ん中では、サーカス団長のような格好をした司会者が、マイクを持ってしゃべっていた。

「本日は、『大宮司電気』製スマホをご利用して頂いている皆様の個人データから厳選し、特に生き餌が食べられる動画を見るのが好きな方々を、このスタジアムに招待させていただきました。みなさま、残酷ざんこくな動画を見るのが大好きですよねー。ひよこやハムスターが、生きたまま爬虫類などに食べられる動画を見てますよねえ。でも、それもすぐに物足りなくなってしまう……」


 大きな檻が運ばれてきた。檻の中に十数人の人間が入っていた。


「本日は、とっておきの生き餌を用意しました。人間です。奴隷です。もう、奴隷労働では役にたたなくなったゴミ、いわば処分品です」

 司会者が檻を、指ししめして言う。

「この者たちこそが、まさに人類の最底辺。あらゆる権利……、人権を剥奪はくだつされ、すべての夢を奪われた、まさに生きてるだけのしかばね、家畜人間と呼ぶべき存在なのです!」


 スタジアムの競技場の片側の扉が開き、魔物が入ってきた。アース・ドラゴン系の魔物だ。


 が入っていた檻の四方の壁がバタンと倒れた。中にいた奴隷たちを、アース・ドラゴンから守るものがなにもなくなる。


 がスタジアムの競技場内を逃げまどう。観客席までは壁が高いのでよじ登ることができない。


「ぎゃああっ。助けてくれー」


 アース・ドラゴンに食われまいと逃げまどう人々を見て、観客たちが盛り上がっている。中には、腹を抱えて笑い転げてる奴までいる。人の不幸は蜜の味というが、しかし悪趣味な奴らだな。



「翔子」

 『遠隔通信』で翔子を呼び出す。


「はい、御主人様、ここに」


「奴隷の中に朝風エリカは、いそうか?」


「申し訳ありません。まだ見つかりません」


 翔子の魔法『探知』は、脅威を探知するものだ。敵のレベルや人数、装備している武器などがわかる。しかし、個人を特定して探しだすような魔法ではない。



 俺もようやく、『バベル』の建物の出入り口に到着した。魔法バフ『スニーキング』がまだ有効なので、そのまま侵入する。



 警報が鳴った。


「御主人様、『スニーキング』が無効化されました!」


「翔子、おまえの『スニーキング』を無効化できるような超高レベルの斥候スカウトがいるのか?」


「いいえ。同職種ではなさそうです。どうやら、『電脳監視』というスキルで、魔法『スニーキング』がキャンセルされたようです」


「ふむ……。その『電脳監視』のスキルを使った奴が気になるな。使った奴の位置はわかりそうか?」


「この建物内の一箇所だけ、わたくしの魔法、『探知』で真っ黒に見える場所がございます。スキルを使った敵がいるとすれば、おそらく、そこにいるかと。わたくしの魔法『探知』では、他に中・高レベルの敵の反応はありません」


「なるほど」


「いったん、撤退なさいますか?」


「いや、こうなりゃ力攻めだ。まず、スキル『電脳監視』を使ったやつをつぶす」


「承知いたしました」


「翔子、俺のところまで戻ってこい。その『真っ黒に見える場所』まで案内しろ」


「はっ」


 俺は、建物の奥へと走り出した。


 俺の『スニーキング』のバフも無効化されていた。5人ほどの黒服たちが俺を見つけて、駆け寄ってくる。

「おい、おまえ、止まれ!」


 もちろん、止まるつもりはない。


 黒服たちのサブマシンガンが火をふいた。


 俺は、イレブンナイン・ミスリル製フルプレートを着たままだ。12.7mm重機関銃の弾さえ防ぐこのよろいに、拳銃弾を撃ち出すだけのサブマシンガンで刃が立つわけがない。


 俺はそのまま廊下を走り抜けた。常人では、俺の走る速度についてこれない。


「警報、侵入者! 警報、侵入者!」

 建物内では、けたたましいアナウンスが鳴り続いている。


 少し進むと、大きな広間に出た。


 魔物の大集団がいた。ぜんぶが従属化されていて、大宮司商事の担当の命令にしたがっているようだ。

 ほとんどがコボルト系だ。コボルト・ジェネラル。コボルト・キング。……コボルト・エンペラーまでいる。

 こんなものまで、建物の警備に使ってるのか。手間がかかってんな。


 今の俺にとって、どれもが雑魚だ。が、数が多い。100匹はいるぞ。


 今の俺のステータスは、一対一で強敵を倒すためのビルドだ。範囲攻撃などで、弱敵を一度になぎ倒すようなスキルはとってない。


「そこそこ強いとはいえ、数だけの雑魚の始末か。……めんどくせー」

 俺が、やれやれと愛用の両手剣を、かまえなおしたときだった。


 すぐそばの天井近くの通気口から、黒いタール状のドロドロとしたスライムのようなものが流れでてきた。黒いスライムのようなものは、壁をつたって床まで降りる。すぐに、絶世の美少女メイドの姿へと変わった。

 翔子が戻ってきたのだ。


「翔子、いいところに来た。やつらのSAN値を削れ!」


「承知いたしました、御主人様!」

 翔子が、魔物の大群に向きなおり、吠えた!「スキル『狂気の恐怖』Lv.7!」


「「「GUAAAAA!」」」

 SAN値を削られたコボルトたちが、恐怖の叫びをあげる。



 雑魚レベルの魔物が、高レベル・ショゴス・ロードの精神攻撃を抵抗レジストできるわけがない。


 魔物たちが恐慌きょうこうをおこして震えだす。


 狂気の発作ほっさをおこし、パニックになって逃亡するもの。あまりもの恐怖に床に倒れ込み、身悶みもだえて身体を痙攣けいれんするもの。気絶したもの。精神病になって泣き叫ぶもの……


 一瞬で、全魔物の戦闘力を奪ったようだ。こちらに向かってくる奴はいない。


「いいぞ。翔子」


「御主人様、わたくしは、お役にたっておりますでしょうか?」


「とても、役に立ってるぞ」


「ミミズ千匹も、きっとお役にたちますよ」


「……うん、……まあ、それはいい」


 俺と翔子は、悶え苦しむ魔物たちの間を、駆け抜けた。

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