レコ評 /『迷跡波』 Mygo!!!!! ──ゼロ年代邦ロックの遺伝子とポエトリーリーディングが導く激情のドラマツルギー

雲峰くじら

レコ評 /『迷跡波』 Mygo!!!!! ──ゼロ年代邦ロックの遺伝子とポエトリーリーディングが導く激情のドラマツルギー

ゼロ年代邦ロックの手触りとポエトリーリーディングという特異な手法の掛け合わせによる最新型激情ギターロック。本作を一言で評するならそのようになるだろうか。

そこで本稿では、この二点を取っ掛かりにして本作及びMyGO!!!!!の音楽性を紐解いていく。


ポエトリーリーディングを主軸に捉えた楽曲は本作の中で"潜在表明"、"音一会"、"詩越絆"と三曲あり、他に既発曲で唯一アルバム未収録となる"焚音打"(MyGO!!!!!の音楽性を凝縮し解き放ってみせたような傑作曲であり、未聴の方は併せて購入をお勧めする)の計四曲となる。ポエトリーリーディングは単なる飛び道具として用いられているのではなく、バンドのひとつのコンセプトとして確信犯的に導入されている手法であるということがよく分かる。

そもそもがポエトリーリーディングをひとつの主軸に捉えた音楽性を持つロックバンドというのを、少なくともメジャーの領域では挙げる事ができない。私の知るところだと、インディーズのフィールドでは辛うじて点滅の名を挙げる。基本的には、あらかじめ決められた恋人たちへがMCアフロを招いた"日々"のように、単発のインパクトを狙って導入される手法だろう。不可思議/wonder boyや春ねむりなど、ロックというよりはむしろラップ/ヒップホップ文脈で用いられている印象がある。

いわばきわめて前衛的な試みといえるこの手法を第一線級のポップフィールド(どんなにエッジイなサウンドあろうと、本作は「アニソン」なのである)において成立させているのは、ひとえにヴォーカルを務める高松燈の圧倒的な──歌唱力というのを超越した──表現力によるだろう。

彼女のバンドのフロントマンとしての在り方は、即座に特に初期ウィーザーにおけるリヴァース・クオモを想起させる。

「ボーカル必死すぎ」のネット書き込みに苛まれるクソ雑魚メンタルと内省的で一見主張の弱い人格。しかしステージ上の燈は圧倒的である。「うまい」というよりはただ我武者羅に、感情そのものをごろっとした塊のまま叩きつける過剰にエモーショナルなヴォーカリゼーションが間違いなくこのバンドの音を成す最も重要なピースのひとつである。

鬱屈とした心の闇を余さず曝け出すようなポエトリーは燈本人が言うように「心の叫び」そのものであり、だからこそ燈の声によってぎりぎり成立しているような危うさがある。そしてMygo!!!!!はつねに、その危うさ──失意と絶望の闇から一条の光となって突き抜ける。それこそが本作におけるポップさなのであり、ロックとしての説得力なのである。


ロックとして──サウンド面に着目してみれば、Mygo!!!!!はツインギターを擁すという点以外はきわめてオーソドックスな編成であり、またそれ以外のサウンドマテリアルがアレンジにおいて導入されているということもない。強いて言えば、ラストの"栞"におけるアコースティックアレンジとカホンだけは他楽曲と毛色を変えている。


※折角なので脱線して指摘しておくと、放課後ティータイムやENOZから結束バンドに至るまで、アニメにおける作品内バンドのほうがむしろ一般的なメジャーフィールドのバンドよりも純粋にバンドサウンドを志向しているというのは面白い点である。

彼女らのサウンドには、ストリングスやホーンアレンジもないし、バンド編成以上の本数のギター等のオーバーダビングも基本的にはない。いわゆる「ライヴで再現可能なサウンド」、ライヴサウンドである。

レッド・ツェッペリンにおける最高傑作が『伝説のライヴ』でありまたザ・フーのそれが『ライヴ・アット・リーズ』であることに異論を挟む人はほとんといないはずだ。

企画物であるゆえにフィクションに忠実に、嘘のないということが、メジャーフィールドにおいてなかなか受け入れられにくいサウンドを実現しているし、実はこうしたシンプルな音こそがロックとして最も素晴らしい音なのだということを思い出させてもくれる。


さて、本論に戻るが、Mygo!!!!!のサウンドを一聴して思わされるのは、ゼロ年代邦ロックのそれである。

クリーントーンや空間系エフェクト、単音フレーズの精緻な絡みというのが今様のロックサウンドにおけるギターサウンドのトレンドであるが、本作においてはそれはほとんど聴かれない。一貫して鳴っているのはむしろ、飽和感の強いざっくりとしたディストーションギターによるストレートなギターサウンドである。

同時期の結束バンドがアルバムでは変則拍子/小節まで含むトリッキーな楽曲と複雑なサウンド、スラップベースまで用いた演奏を聴かせていたのと比較すると、好対照である。ついでに比較すれば、結束バンドではアルバム中で楽曲のトーンのバラエティが相当幅広く、悪くいえばまとまりのないものになっていた一方、MyGO!!!!!の本作『迷跡波』では全体のトーンが統一されており、レンジは狭くとも「バンド感」を強く感じられるという意味でも対照的である。

本作におけるようなギターサウンドは現在の邦ロックにおいてはあまり聴かれるものではなくなっている。この音が思い起こさせるのはむしろ、ゼロ年代初頭から半ばにおける邦ギターロック──具体的に言ってしまえば『ソルファ』から『君繋ファイブエム』に至るアジカンのそれである。あるいは『jupiter』あたりまでのバンプもまた、こんな音を鳴らしていた。

本作で唯一ダンスビートを導入する"影色舞"がフレーズやメロディから明らかに引用元として"君という花"を思わせるあたり、ここでアジカンを引き合いに出してみることは間違いではないのではないかと思われる。アルバム全体においてギターソロはあまり聴かせず、むしろリズムギターとリードギターの役割分担を明確化した構築的なところで聴かせるあたりも実にアジカン的である。初期アジカンの音を思うと、燈の激情スタイルのボーカルもまた腑に落ちるというところだ。

『ぼっち・ざ・ろっく!』及び結束バンドがアジカンを大々的な参照元としていたことを踏まえると、これはなかなか面白いところである。アジカンを経由した激情サウンドの復権が、二十年代におけるバンドアニメを通して若い層から邦ロックおじさん(私のような)まで大きな支持を得ているのである。

ギター以外のところに関して言うと、Mygo!!!!!のリズム面の面白さはパンク的なツービートの頻出だろう。"壱雫空"サビにおいて顕著なこのビートは、やはり現行の邦ロックにおいてはほとんど用いられなくなったものだ。それはやはり、ピザ・オブ・デスやドライヴスル―といったレーベルが隆盛を誇ったゼロ年代の空気を強く感じさせるものだろう。速めのテンポでのギターのミュート刻み、ベースのかなり硬めに歪んだサウンドもまた、そのあたりの文脈を匂わせる。

これに限らずMygo!!!!!のビートは徹頭徹尾ストレートなロックビートであり、たとえば結束バンドが"星座になれたら"で聴かせたような16ビートは頑なに取り入れようとしない。アルバム折り返し地点でのアクセント"春日影"における三拍子を例外として、ビートはアルバムを通して疾走し続ける。バラエティの豊かさよりも統一感を演出しようとするところは、いかにもロックアルバムらしくて好印象である。


総論すれば、ポエトリーリーディングの大々的な導入と燈の真に特異なヴォーカル+ゼロ年代邦ロックの組み合わせがロックとして実に新鮮で面白いものを聴かせる一枚である。

かわいさ/ポップさ/バラエティを脇に置いて、エモーショナルさ/シリアスさ/統一感をコンセプトに感じさせるサウンドは、単なる「アニメ内楽曲をコンパイルしたサントラ的位置付けの一枚」とは全く違う、「バンドのアルバム作品」として明確な厚みを伴うものだ。

作品全体通してのまとまり感が半端ないゆえに、曲単位で評するのも失礼かと思ってしまうが、あえて最も好きな曲を挙げると"碧天伴走"、"詩超絆"。

特に後者は、アルバム内でもエモーションの極点を担う曲であり、同時にアニメのストーリー中におけるエモーションの極点でもあった。私含め、音楽に胸の芯から掴まれるという感覚をこの曲を通して久々に味わったという方も少なくないはずだ。切々と語られる言葉は強い痛みを伴うものであり、その失意の底から、「言葉を越えるためのたったひとつのやりかた」、音楽をただ信じて、ひたむきに「きみに届くまで」うたう、愚直なまでの心──野暮を承知で言い換えれば「ロック」ということ──でもって一直線に光の射す方へと突き抜ける。

この一曲が象徴するのがMyGO!!!!!と言いたくなるような象徴的な楽曲であり、同時にバンドリ/アニソン/邦ロックそれぞれの軸で見てもひとつのマイルストーンとなるような、注目に値するものなのではないかと考えている。

『迷跡波』は、真に独創的でありながら真っすぐに胸を熱くさせてくれる"ロックアルバム"である。



※23.11.11

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