第43話 32人の差
「うひょ~、結構デカくね!? マジでここでやんの!?」
秋葉原の裏通りのさらに裏。
「うん、こことパルムスってとこが秋葉原では一番大きなアイドルライブ会場になるかな」
「へぇ~、ナオちんのデビュー会場にしてはうってつけじゃん! むしろ、もっとデカくてもいいくらいだぜ!」
う~ん、ここで気後れしないのがミカ先輩のいいところだなぁ。
底抜けに明るくて前向き。
ちょっと仲間思いすぎて暴走することがあるのが玉に
「ミカ先輩、今日は一日空けてくださってありがとうございます。弟さんたちの面倒も見なきゃいけないのに」
「あ~、いいんだよ! 今日はオヤジたちが親戚んとこ連れてってくれてるから! むしろ私の分の交通費浮いたって喜ばれたくらいだからね、ナハハ!」
「ミカちん先輩。そのナハハ笑いナウいですね。ナウなヤングにバカウケしそうな昭和なフレイバーが漂ってます」
「だろっ!? さっすが! よくわかってんじゃん、愛ちん!」
「だから愛ちんはやめてくださいって言ってるじゃないですか、ミカちん先輩」
そして驚くことにこのミカ先輩、あの厄介度SSSの野見山ともすっかり仲良く(?)なっている。
恐るべし、コミュ力おばけ。
恐るべし、陽キャ・オブ・陽キャ。
「それに! ナオちんのデビューを私が見届けないわけにはいかないっしょ!」
「だね、当然。なんてったって私らのカリスマのナオちんだもん。今日は最高のライブになること間違いなしっしょ」
姫カットのルカ先輩が、そう
彼女は、この十日間のMVPと言ってもいいかもしれない。
衣装、振り付け、曲のコンセプト、アー写、告知動画などなど。
野見山が嫉妬するほどのオレとの
特に、彼女のイラストについてのこだわりはすごかった。
それもそのはず。
ルカ先輩の好きな『iタイッス!』は可愛らしいイラストを全面的に打ち出したことによって、これまで地下アイドルシーンにいなかった若い女性層の人気を一気に獲得した地下の覇権グループだ。
もちろんイラストだけが秀でてるわけじゃない。
大事なのは、そのイラストレーターが事務所に所属しているということ。そして
一言で言えば。
『全てにおいてのビジュアルワークのレベルがめちゃくちゃ高い運営』
それが『iタイッス!』であり、ミノリンズグループ。
高校卒業後は『iタイッス!』の所属するミノリンズグループに就職希望なルカ先輩。そりゃもう燃えに燃えてたよね。
オレと一緒で、ずっと頭の中で思い描いてたオタク特有の「自分がアイドルを手掛けるならこうしたい、ああしたい」が一気に爆発。この十日間で、ものすごい作業量をこなしてくれた。
その甲斐あって。
「ルカちんもナオちん、ありがと。二人のおかげで万全の準備を整えられた……と思う」
満重センパイが、オレが今思ってたのと同じことを口にする。
満重ナオ。
スイッチの入ってない普段の状態の時は、めちゃくちゃ大人しいお兄ちゃんっ子の一個上の先輩。
でも、|
別人のような気の強いえちえちお姉さんへと
(今日は、そのスイッチを上手く入れられたらいいんだけど……)
いや、入れてもらわないと困る。
そのために新曲も作ったんだ。
「あ、白井さん! あそこで関係者の受付けしてるみたいです!」
「よし、みんな、こっち~」
「オッケ~」
ミカ先輩が気の抜けた返事をする。
でも、それがありがたい。
オレ、野見山、湯楽々だけの三人だったら、またガチガチに緊張してそうだもんな。
正面玄関から少し離れたところに置いてある長机。
そこにホールのスタッフらしき女の人が一人で座っていた。
オレは挨拶をすると、自分たちのグループ名と事前に伝えておいたスタッフ三人の名前を告げる。
「Jang Colorさん……ああ、トリなんですね。ずいぶん早く来られましたね」
「はい、会場の雰囲気とか知っておきたかったんで」
「そうですか。では、こちらにセトリと……」
「あ、書いて持ってきました。あと、これ音源です」
「ああ、助かります。ありがとうございま……す?」
オレの差し出した紙を受け取ったスタッフの人が
なぜなら、そのセトリ表にはオレが照明や音響に対する要望をめちゃくちゃいっぱい書き込んでいたからだ。
「えっと……これを全部出来るかは……」
「大丈夫です、イメージだけ伝われば! 出来る限りでお願いします! 今日のライブにオレたちの人生かかってるんで! よろしくお願いします!」
ゴリ押す。
「は、はぁ……」
なんてったって、今日は勝負のかかった中規模ホールでのライブ。
やり過ぎということはないはずだ。
自分がオタクだったら、どういう照明で見たいか。
自分がオタクだったら、どういう音響で聴きたいか。
その全てを紙面にぶつけてやった。
「伝われ、オレの想い!」って感じだ。
本番が始まれば、あとはメンバーにすべてを託すしかない。
オレに出来るのは、その直前までだ。
だから、後悔しないようにやれることは全部やっておく。
ふと、机の上に置かれた「予約者リスト」という紙が目に入った。
予約者リスト。
前日までに『ライパケ』というチケットアプリを通して予約した人の「目当てグループごとの」人数を書いたリスト。
要するにこれを見れば「どこのグループが前売り券を何枚売ったのか」を確認する事ができる。
「すみません、うちの予約者って何人になってますか?」
「はい、え~っと……64人ですね。たくさんありがとうございます」
「64人……」
多い。
正直めちゃくちゃ多い。
地下ドルオタだからわかる。
下手な数年選手の地下アイドルグループのワンマンライブの動員数より多い。
地下フェスでそれだけ予約があったら、もはや地下トップクラスだ。
ただし、問題が二点。
一つは、オレたちの「本当のお客さん」が、前のライブで付いてくれたドルオタ5人しかいないってことだ。
残りの59人は満重センパイのお客さん。
つまりは「非ドルオタ」な人たち。
その人達が、このゴールデンウィークの真っ只中に本当に秋葉原で行われてるアイドルライブに来てくれるかどうか……。
「前売り券は買ったけど、やっぱ面倒くさいから会場には行かな~い」なんてことも十分に考えられる。
それと、もう一つの問題は。
いくら多くても、『パラどこ』より一人でも少なかったら意味がないってことだ。
う~ん……『パラどこ』、今何人くらいなんだろ……。
そう思ってると。
「すみません、『パラどこ』って予約何人ですか?」
全く同じことを思ってたらしい野見山が単刀直入に質問する。
おぉ……野見山、こういう時にお前の『厄介度SSS』が頼もしいぜ……!
受付のお姉さんが眉をしかめる。
「他のグループの予約数をお見せすることはちょっと……」
そりゃそうですよね。
さらに食い下がりそうな野見山の気配を察して
「いいよ! 見せたげなよ!」
よく通る大きな声が背後から聞こえた。
「あ、中島さん、お疲れ様です!」
中島ユーヘイ。
イベンターでアキバのフィクサー。
体格のいい彼は、今日も半袖半ズボンにサンダル姿という近所を散歩でもしてるかのような姿で現れた。
「はぁ……中島さんがそう言うんでしたら……えっと……『パラどこ』さんは……96ですね」
「きゅっ……!」
96。
オレたちは64。
その差、32。
地下オタだからわかる。
その32という差が、いかに絶望的なものなのか。
地下アイドルライブに当日券で入る人というのは、わりと少ない。
なぜかというと、地下オタってのは事前にどのイベントに行くかを決めている生き物だからだ。
だから、大体は「お目当てグループ」を伝えて予約するともらえる「予約特典(ツーショットチェキ無料とか。特典の内容はグループが勝手に決めて勝手に実施してる)」狙いで前もって予約している。
予約したほうがチケット代も安いしね。
昔は「まずは秋葉原に行けば、なんらかアイドルイベントが行われてる」というような状態だった。
でも、今の地下アイドルのメインシーンは新宿、次いで渋谷だ。
場所が散らばっているので、地下ドルオタは事前に行くイベントを決めてから行動するのが定番。
だから、難しい。
今から当日券でオタクを32人呼び込むというのは。
しかも『パラどこ』だって当日券のお客さんが増えるだろうし……。
そう考え込んでいると。
パシーーーンッ!
「……は?」
え、なに?
一瞬、意識が飛んだんだけど?
あ、ほっぺた
あれ? もしかしてオレ、ビンタされた?
「白井くん! 残り時間でやれるだけのことをやりましょう!」
野見山がボールを投げ終わったピッチャーのような態勢のまま力強く述べる。
「え、ええ……!? なんでオレ今叩かれたの……?」
「決まってるじゃない! なんとなくよ!」
「な、なんとなく運営を叩くなよ、野見山~!」
そう言いながら、野見山のフォロースルーからオレは悟っていた。
野見山は多分『ゼロポジ』の態勢でビンタしたんだ。
上から下へ、真下投げ。
そのフォームで。
うん、おっし。
殴られてなんだけど元気出たぜ、野見山!
ゼロから始めたばかりのオレたちだ。
今までやってきたように、一人ひとりファンを増やしていこう。
そんなオレたちを見た中島さんが腹を抱えて大笑いする。
「ゲラゲラゲラ! やっぱ面白いわ、この子ら! あ~、動画撮っといてよかった! ねぇ、これポイッターに投稿していい? あ、花沢さん、見て見て! この子達に『パラどこ』の予約数教えたら運営をビンタしてんの! 面白くない?」
「はぁ、炎上しないといいですけど」
いつの間にか気配も感じさせず現れていたスタッフの花沢さんは、相変わらず淡々と受け答える。
「いいのいいの! 炎上するくらいでちょうどいいって! 今日のお客さんも増えるかもだし!」
なんだか、大らかな人だなぁ。
スケールが大きいというか、適当というか。
「あ、っていうか、メンバー増えた!?」
「はい、新メンバーのナオです。ピックポックでフォロワー十万人いるインフルエンサーです」
オレに紹介された満重センパイがぺこりと頭を下げる。
「十万! すごいね! じゃあ、今日はあと二千人くらい呼んでもらっちゃおうかな! ここキャパ700だから、みんなつま先立ちで見る感じでさ!」
「は、はぁ……」
独特なノリに言葉が詰まる。
「あ、ってかアー写も変えたよね? センスよくなった! 気合入ってるじゃん!」
「あ、それはこっちの子が……」
続けてルカ先輩を紹介する。
「スタッフも増えたんだ!? ん~、みんな可愛いじゃん、アイドルやればいいのにもったいない!」
「あ、いえ、彼女は裏方志望で……。あと、もう一人の子は家庭の事情でちょっと難しくて……」
「へぇ~、そうなんだ。でも、あれだね。色々頑張ってたんだ、この二週間?」
「はい! 悔いを残さないようにプライドも何もかも捨てて、やれること全部やってきました! 動員勝負もそうなんですけど……なにより、うちの野見山が侮辱されたことが許せなくて……」
ポンッ。
オレの肩に中島さんのでっかい手が置かれる。
「うんうん、そのメンバーを思いやる気持ちが大事なんだよ。信頼ってやつは一歩ずつ積み上げていくしか出来ないからね。ってことで! 今日の結果でオレとの信頼もドガァ~ンと積み上げちゃってよ! よろしくぅ~!」
そう言って、中島さんは鼻歌を歌いながら大股で去っていった。
「相変わらず、冗談だか本気だかわからない人ね……」
あの野見山でさえ
「本心ですよ、あの人の言うことは全部。さ、楽屋にご案内します」
無駄口を叩かない花沢さんに連れられ、ホールの長いロビーを横切る。
ロビーではステージを終えたアイドルたちが物販を行っている。
ゴールデンウィークなだけあって、お客さんもなかなか多い。
「あ、言われなくてもわかってるとは思いますが、貴重品……」
「わかってます! 貴重品、衣装、私服、特典会に使う道具、全部ばっちり持ち歩きますんで! 今日はスタッフも三人で、前の三倍ですから!」
大丈夫。
前と同じ過ちは、もう繰り返さない。
「ふふっ、大丈夫そうですね……」
無愛想な花沢さんが一瞬優しく微笑んだ。
「では、ここが楽屋になります」
すぐにいつもの無感情モードに戻った花沢さんは、そう言い残してツトツトと早足で去っていく。
「はい、ありがとうございます! 今日は、よろしくお願いします!」
オレは、その背中に深く深く頭を下げた。
残り32人。
やるしかない。
ああ、やるしかないじゃないか。
開演までの残り時間で出来ることは全部やってやる。
それがオレの──。
運営の仕事なんだから。
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