第36話 ストーカーストーキング

 まだ微かに明るい夕方の秋葉原。

 その裏通りをコソコソと物陰に隠れて移動している先輩、満重ナオ。


 サッ! ササッ……!


 さらにその後を物陰に隠れてつけているオレ、野見山、湯楽々の三人。


 シュタッ、シュタタタッ──!


 通りすがる人たちから不審な目を向けられながら、オレたちは看板の陰をスタタッと渡り歩いていく。


「なぁ、野見山」


「なにかしら、今忙しいから後にしてほしいのだけれど」


「やっぱ後つけるのとかって、よくないんじゃ……」


「そんなこと言っても、私たちにはもう一刻の猶予もないのよ」


 シュタタッ。


「いや、まぁ、そうなんだけど、なんか法的に問題とかないのか? こういうの」


「ないわ」


 断言。


「ふぇ……でも、ストーk……」


「いい、ゆらちゃん? 見て、あの満重ナオの格好。怪しいわよね?」


「は、はい……」


「もしかしたら、よからぬ事態に巻き込まれてるのかもしれない。ひょっとしたら誰かに脅されてるのかも……」


「そんな……!」


 真に受ける湯楽々。

 いやいや、さっきまで「脅す」って言ってた口で、よくそんなこと言えたもんだな。


「だからね、ゆらちゃん。私たちは彼女の警護をしてるの。そのためには、満重ナオが何をしてるのか。それを突き止める必要があるの。わかった?」


「わかりました! 私たちは満重先輩の護衛をしつつ──そのうえで、もし護衛が必要なくて、たまたま弱みを握っちゃった場合は、脅して仲間に入ってもらうんですね!」


「そういうこと! おっと、行くわよ、ゆらちゃん!」


「はい、愛さん!」


 おいおい! 湯楽々も随分とちゃっかりさんだな!

 ……ったく、野見山の影響か?


 でも……。


 たしかに、満重センパイがトラブルに巻き込まれるって可能性もないとは言えない。

 もし、そうなったら、オレがセンパイを助けて……。

 おお、これぞ王道的な展開じゃないか!

 うんうん、別に「弱み」なんて握らなくても、悪人から守ってあげた恩返しとして次のライブまで加入なんてことも……。


「ちょっと、白井くん? なに鼻の下を伸ばしてるのかしら?」


「はっ!? の、伸びてないし! むしろ縮まってるし!」


「はいはい、くしゃおじさんみたいになった白井くんなんか見たくないからその辺にしておいてね」


「なんだよ、くしゃおじさんって……」


「しっ! 隠れて──!」


「むががっ!」


 野見山に薄暗いビルの入口に押し込まれる。


「な、なんだよ、急に……!」


「見て」


「ん?」


 そぉ~っと前方を見てみると、道端でウロウロ&キョロキョロしてる道重ナオの姿があった。


「なにしてるんですかね、あれ」


「向かいの建物の中を覗こうとしてるわね」


「ん? あの場所って、たしか──」


 最近できたイベントスペースだったはず。

 ライブハウスって感じでもない。

 たぶん、ライブハウスを作るとなったら騒音や避難路、それから飲食店扱いってことで保健所とかまで含めて法的に色々面倒だから、そのへんの法の隙間を縫って作られたような感じの場所。

 しかし、実態はまんまライブハウス。

 ライブをやって、お客さんが通う。

 ただ、設備はしょぼいし、ドリンク代なんかもない。

 経営する側からいえばローリスク・ローリターンな会場ともいえる。


「イベントスペース? なんでそんなとこに?」


「あそこは、たしかメンズアイドルのイベントばっかやってた気がするけど……満重センパイがメンズアイドルに興味? 意外だな」


「どこかのグループのファンとかなんでしょうか?」


「それだったら、満重ナオは推しのストーカーをしてたってことかしら? それだと危険なのは彼女ってことになるわね」


「満重センパイがメンズアイドルのストーカー? いやぁ~……それは」


 イメージと違いすぎる。

 高飛車で自信満々な満重センパイ。

 それと、メンズアイドルのストーカーをするイメージが、どうしてもオレの中で噛み合わない。


 そりゃ、メンズアイドルに通う地下アイドルなんかもいることはいる。

 推し被り敵視な女オタが、よくメンズアイドルの物販列に並んでるアイドルの写真を隠し撮りしてポイッターに晒したりもしてる。

 でも、そういう子ってだいたい似たような雰囲気っていうか、大抵「甘ロリ地雷系」みたいな子だったりする。

 なので、そういった一般的なメンズアイドルファンともなんか雰囲気が違うような気がするんだよな……。


 なんて、ついついオレの悪いクセ──物思いにふけっていると。


「あ、愛さん!?」


 ツカツカと野見山が満重ナオの元に向かっていってた。



 ガッ!



「キャッ! なにすんの──え? あんた……」


「さぁ、捕まえたわよ、スートカー! 勘弁なさいっ!」


「はぁッ!? ちょ、なに言って、ってか離せよ!」


 あぁ~、いかんいかん!

 ここは運営のオレが止めないと!


「お……おい、野見山!」


「げぇっ! あんたたちまでいんの!? つーか、マジで手ぇ離せって! いてぇ~んだよ!」


 ヤバい、人が集まりだしてきた。

 ここで炎上するのは良くないぞ。

 早めに事態を収拾しないと、悪いバズり方をしてしまう。


「野見山!」


 オレが二人を振りほどこうと手を伸ばした時。 



「あれぇ、なにしてんの──ナオ?」



 背後から男の声がした。


 ナオ?

 満重センパイの知り合いか?


 そう思って振り向く。


(うおっ、まぶしっ!)


 サワヤカ~。


 振り撒かれる爽やかオーラ。


(おいおい、なんだよこのさわやかボーイは!)


 そう思ってると、今度は満重ナオの声が背中から聞こえてきた。


「お、お兄ちゃん……」


 お?


 お兄ちゃんだぁぁぁぁぁ?


 このさわやかボーイがぁ!?


 このクソ生意気高飛車ふとももJKの!?


 見れば満重センパイ、顔を真赤にしてモジモジしちゃってるし。


 おいおい、なんだよ、なんなんだよこの状況。

 そして、この満重センパイの豹変っぷりは。


「ん~、とりあえず……場所変えて話そっか?」


 こくり。


 うなずくしかないオレたち。


 こうしてオレたち三人と満重兄妹は、近くの喫茶店へと向かって無言のまま気まずく歩いていった。

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