第15話 ピックポック強豪校?

 ギャルと姫カットからの突然の呼び出し。

 それを聞いた野見山が、例によってカチッと立ち上がる。


「あなたたち……? それ……」


(やべぇ……! 喧嘩になる!)


 オレは仲裁に入ろうと立ち上がる。


「ちょ、野見山さん、落ち着いて……」


 すると、野見山頭がくるりとこちらを向いた。


「面白そうじゃないっ!」


「……は?」 


 野見山の顔がキラッキラに輝いている。


「呼び出しですって! ねぇ、見て白井くん! 令和のこの時代にまだいたのよ、ヤンキーが! ヤンキーからの呼び出しよ! あら、やだ漫画みたい! さぁ、行きましょう、白井くん! うふふ、楽しみだわっ!」


「いや、ちょっと……? 野見山さん……?」


 この二人、たぶん上級生だぞ?

 いくらなんでも馬鹿にしすぎだろ……。

 さすがにギャルたちも、この野見山の反応にはイラついたご様子。


「はぁ? ウチらはヤンキーなんかじゃね~んだけど?」

「チッ、こいつなんなの? ヤンキーとか生まれて初めて言われたんだけど? 軽くムカつくんですけど?」


 不満そうなギャルズを無視し、野見山は隣の席の女の子に声をかけた。


「ねぇ、あなた! 私、具合悪くなったので白井くんに保健室に連れて行ってもらうわっ! 先生にそう言っといてくれるかしら!?」


「え? は、はい……」


 野見山の勢いに飲まれ、思わず頷いてしまう隣の席の女子。

 すまん、彼女は『厄介度:SSS』なんだ、申し訳ない。

 オレは心の中で女子にびを入れる。


「さぁ、行きましょう、白井くん! あぁ、楽しみねぇ! 私たち、これからヤンキーさんたちに一体どんな目に遭わされちゃうんでしょうねぇ!」


 わざとなのか無意識なのか、とにかく恍惚の表情で煽りまくる野見山。


「だからヤンキーじゃねぇっつーの! なんだこいつ……調子狂うな……」

「チッ、話しても無駄な奴っぽいね。電波だ、電波。さっさと連れて行こう」

「だな。こりゃ霧ヶ峰リリにも喧嘩売るわけだぜ……。ハァ……こっちだ、ついてきな」


 野見山のぶっ飛び具合に呆れた様子を見せたギャルたちは、かったるそうに教室の外へと歩いていく。

 その二人の後についていきながら、オレは野見山にそっと尋ねた。


「あのさ、怖くないの? 一応あの二人二年生っぽいけど」


「あら? なにかあったら白井くんが守ってくれるんでしょう?」


 そう言って、いたずらっぽく笑う野見山。


「へ? あ、あぁ、そうだよ! 守る、守るよ……。う、運営だからね……!」


 とはいえ。

 こうもむやみやたらに周囲を煽り散らされたんじゃ、オレの身が持たない。

 今だって──。

 もし、連れて行かれた先で、こわ~い先輩なんかが出てきたら……。

 はたして、オレの細腕で野見山を守りきれるだろうか?

 そう思って自分の手を見ていると。


「フッ……!」


「うわぁ!?」


 野見山が、オレの耳に甘い吐息を吹きかけてきた。


「チッ、なに騒いでんだ、うっせぇぞ!」


「す、すみません!」


 慌てて謝り、野見山に文句を言う。


「な、なにするんだよ、野見山さん……!」


「で、この二人は何人なのかしら?」


 何人、というのは動員数のことだ。

 野見山は、ことあるごとに町中の人を見ては「あの人は何人?」「じゃあ、あの人は?」と聞いてくるようになっていた。

 この三日間でオレたちが交わした一番多いやり取り。

 それが、この「何人かしら?」だ。


「ギャルが47、姫カットが12」


 二人に聞こえないように注意し、小声で返す。

 もし二人に聞こえたら「なに人に点数をつけてんだ!」なんて怒られそうだ。


「あら、すごい。47って今までの一般人の中じゃ一番多いじゃない」


「だね。っていうか、野見山さんも一般人なんだけどね……」


 にしても。

 今にして思えば、母の『45』、妹さららの『27』ってのは一般人としては破格の数字だったんだなぁ。

 そんなことをぼんやり思ってると、野見山愛がとんでもないことを言い出した。


「この子たちはグループに誘えないのかしら?」


「ふぇ!? いや、ムリじゃないかな……なんというかアイドル感が皆無というか……美人で可愛いのは可愛いんだけど、なんか萌えない……んだよなぁ」


 例えば。

 のちに人気モデルになった元地下アイドルの梨々愛リリア

 彼女はアイドルとしては全然人気がなかった。

 とてつもない美人。

 スタイルも抜群にいい。

 でも、人気が出なかった。

 その理由は、ただひとつ。


『アイドル感が薄かったから』


 梨々愛以外にも、俗に言う「キレイ系」、「美人系」、「モデル系」のアイドルは不思議とあまり人気が出ない。

 それらを総合してひっくるめて言うと。


『萌えない』


 この言葉に集約される。

 そして、このギャルと姫カットはどっちかというと、そっち系。

 つまり、美人でエロくて男の情念を掻き立てるんだけど──萌えない。


「そう……。白井くんが言うのならそうなのでしょうね。そういえば、私たちが出演するイベントはもう決まったのかしら?」


「あ、いや、まだ。通知はいっぱい来てるっぽいから、後で確認して……あっ」


「? どうしたの?」


 俺達の前で階段を上がっていくギャルたち。

 そのミニスカから覗く健康的でパンッパンな太もも。

 あれ……? これ、なんか見覚えがあるぞ……?


 ぷるんっ。

 ぱいんっ。


 と、ギャルたちが階段を一段登るたびに、内ももの肉が「ぷるん」「ぱゆん」と肉肉しく揺れる。

 あっ、この揺れ方……。


「思い出した……。この二人……有名なピックポッカーだ……。うちの学校──原園はらぞの高校って勉強も運動も全然なバカ高なんだけど『ピックポック強豪校』って呼ばれててさ。つまり『制服姿で校内で踊ってバズる動画をよく上げてる高校』ってことね。で、彼女たちはその強豪校のいわば選手──要するに『インフルエンサー』ってわけだよ」


「あら、そうなの? でも、どうしてまた急に白井くんはそんなことを思い出したのかしら?」


「いや、この太ももを見てたら……」


「あら白井くん。揺れる乙女の太ももを凝視するだなんて、スケベなのね、ドスケベなのね、白井くん」


「いや、ちがっ……! 自然と目に入るだろ、前で階段登ってたら……!」


「まぁ、いいわ。そういうことにしておきましょう。でも、安心したわ。白井くんが女性に興味のある、性欲を持て余した男子高校生ということがわかって。もしかしたら私もプロデューサーの白井くんの手にかかって食われちゃうんじゃないか~、いやでもそれもまんざらではないわね~、なんて思っていたものだから。ということで白井くん、そのみなぎる情動をぶつけたくなった時は、仕方がないから、私が受け止めてあげることもまんざらではないと思っているということを覚えておくといいわ。ねぇ、白井くん?」


 はぁ……一体何を言ってんだか……。

 まったく……マジで『厄介度:SSS』だな、野見山愛。

 自分が運営するアイドルに手を出すだって?

 オレが?

 これは、一度はっきりと言っていく必要があるな、うん。


「野見山さん……からかうのはやめてくれ。オレは有薗正みたいなクソ野郎とは違うんだ。なんの取り柄もないオレだけど、アイドルに関してだけは真剣に取り組みたいと思ってる。だから自分の運営するアイドルに手を出すなんてことがあったら腹を切る覚悟だよ。絶対にしない。だから野見山さんも、そういうからかうようなことは今後言わないでほしい」


 アイドルしか──地下アイドルしかないオレなんだ。

 もし、そこでよこしまな道に外れたら、それはオレという存在自体の否定だ。

 これまで過ごしてきた地下ドルオタクという時間全ての否定。

 オレのこれまでの青春全ての否定になる。

 それだけは許されない。

 オレの唯一ゆらぎない決心。

 この先、上手く彼女たちをプロデュースしていけるかはわからない。

 けど、これだけは絶対にブレない自信がある。



『オレが運営するメンバーに手を出すことは──絶対に、ない!』



 その意志を静かに言葉に乗せ、ゆっくりと、はっきりと、野見山に伝える。


(くぅ~……──!)


 そんなうめき声が、野見山愛の口から聞こえたような気がした。

 けど、野見山は一瞬目を大きく見開いただけで、すぐにいつものように無表情に戻ると、そのまま前を向いてツカツカと歩いていく。


(ちゃんと伝わってるといいけど……)


 なんてったって『厄介度:SSS』だ。

 一回言ったからって伝わるものではないのかもしれない。

 事実、今も返事なしでサラッとスルーされたからね。

 ま、まだなにも始まってないんだ。

 彼女とは気長に付き合っていくとしよう。

 相互理解、相互理解っと……。


 階段を三階まで登ったギャルたちは、くるりと曲がって人気のない方へと歩いていく。

 その後姿を眺めながら、オレはふと思った。


(あれ? この子たちのピックポックって、たしか三人で踊ってたような……)


 そう。

 さっきこの子たちをピックポッカーだとオレがパッと思い出せなかったのも、この二人は大体の動画で脇にいることが多かったからだ。

 いつも二人を従えるように映っていたセンターの子がいたはず。

 たしかに、ギャルの子たちのパンッパンな太ももは魅力的。

 だけど、それ以上にセンターの子の太ももは──。


 ふにふにマシュマロ感のぽよぽよ。

 ムニムニのふわふわの、ひと目見たら忘れられない魅惑の太もも。

 見た男の脳髄にズガンと電撃を落とすような。

 理屈を超えて、男の本能に直接訴えかけてくるような。

 そんな太ももだったはずだ。


(ん? ってことは、あれ……?)


 もしかしたら、この先でオレたちを待ってるのって……。

 そう思っていると廊下の突き当り、視聴覚室の前で二人は立ち止まった。


「オイ、着いたぞ。入れ」


 野見山と軽く視線を交わす。

 オレが先頭に立ち、ドアに手をかける。


 ガラッ。


 中は真っ暗。

 黒いカーテンが閉め切られている。


 パッ!


 急にスクリーンが明るくなった。

 逆光。

 机の上に足を組んで座っている女がいる。

 その足は、ふにふにマシュマロ感のぽよぽよムニムニふわふわ。

 ひと目見たら忘れられない魅惑のふともも。

 すぐにわかった。

 ピックポック強豪校である原園高校の大エース。

 センターの女だ。

 しかも……。

 この女の頭の上に浮かぶ動員力は。

 なんと。


『200』!

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