第13話 目指せ、黒字化!

「ちょっと、兄貴! どういうことなんだよ!? 二日連続でバズるって!? 仕込み!? 仕込みなの、これ!?」


 家に帰ってきたオレに、ウサギパーカーを被った妹さららが、きゃんきゃんと吠えながら子犬のようにまとわりついてきた。

 どうやら、今日オレがカイザル・トリイを撃退した様子が通行人に撮影されていて、それがバズっているらしい。


「あ~、はいはい、今それどころじゃないから」


 バズは気になるが、それよりもオレにはしなきゃいけないことがある。

『Jang Color』への二人目のメンバーの加入。

 湯楽々結良。

 珠のような肌質と天使のような歌声を兼ね備えた天性のシンガー。

 彼女が入ったこともあって、オレのしなきゃいけないことは急速かつ膨大に膨れ上がっていた。

 ってことで、オレはやかましいさららを無視してトントンと階段を上がっていく。


「え、兄貴、ウソでしょ!? スルー!? このバズをスルーなの!? ほら、動画で言ってた『地下ドルオタをなめるな!』ってやつやってよ! オタクたちの間でめっちゃバズってるよ! あ~ん、トレンドにも入ってるのにぃ~! ちょっと! 兄貴ぃ~!」


 そんなさららの声を背中に受け流し、自室へと入る。


 バタンっ。


 ドアを後ろ手に閉め、オレはさららが今言っていた言葉を思い返す。


 動画で言ってた『地下ドルオタをなめるな!』ってやつやってよ?


 え、それってカイザル・トリイを追い払った時にオレが呟いた言葉だよね?

 それも撮られてたの?

 しかも、それが全世界に公開されて?

 バズってる……?

 え、えぇ~~~、マジで!?

 ちょっとっ! 恥ずかしいんだけど……!


 あまりの恥辱に思わずしゃがみ込み顔を真赤にしてプルプル震えていると。


 ぴろんっ。


 スマホに通知が届いた。

 今日、野見山たちと作ったグループチャット。

 詳しい運営の方針はそこで決めようってことで今日は解散したんだった。


(え~と、なになに……?)


 ベッドに転がり、チャットルームを開く。


野見『もうみんな家ついた?』

オレ『ちょうど今ついたとこ』

野見『よし、計算通りね』

オレ『え、計算って!? 怖いんだけど!?』


 ぴろんっ。

 湯楽々がログインする。


ゆら『あ、今日はお疲れ様でした~。さっき着きました~』

野見『ゆらちゃんもおつかれさま。おうちの人には Jang Color の話した?』

ゆら『いえ、まだ~。なんて言っていいかわからなくて……』

野見『それなら大丈夫よ、今度私と白井くんでご挨拶に行くから』

オレ『だね、その時にちゃんと説明するためにもしっかりした計画を立てないと』

野見『そうね、そのためにこのチャットグループを作ったのだものね。あ、その本題に入る前に一ついいかしら?』

ゆら『はい』

オレ『なに?』


 野見山愛がぺたりと貼った動画。

 クリックすると。


「地下ドルオタをナメんな!」


 拡散されてるらしいオレの動画が流れた。


ゆら『あ、これ私を助けてくれた時の……』

オレ『うおおおおおお! やめて! マジで! 恥ずかしいから!』

野見『地下ドルオタをナメんな!(キリッ!)』

オレ『だからやめろって! マジで!』

ゆら『でもカッコよかったですよ』

野見『ええ、かっこよかったわ。とても。さすが白井くんね。このくらい体を張ってメンバーを守ってくれるのなら、これからもついていってあげてもいいかもって思えたもの』

オレ『く~……! もぉ~……! やめてマジでいいからそういうの……ほんとに恥ずかしいから……』

野見『あら照れちゃってかわいい』

ゆら『ほんと、可愛いですね白井さん』

オレ『はいはい! 関係ない話はそこまで! ここからちゃんとした話し合いするよ!』

野見『わかったわ、話しましょう。ゆらちゃんも意見や質問があったらどんどん言ってね』

ゆら『は~い』


 さてと、ここからがオレの本格的な仕事の始まりだ。


オレ『まず決めなきゃいけないのは、今後のスケジュール、残りのメンバー探し、運営資金の調達。この三つだ』

野見『どれも大変そうね』

オレ『うん、だからこの三つを並行して行っていこうと思うんだ』

野見『というと?』

オレ『まず、野見山さんと湯楽々さんでアイドルイベントに出演する』

ゆら『え!? 二人でですか!?』

オレ『ああ、メジャーアイドルと違ってオレたちは地下……いや、地底アイドルなんだ。最初からメンバーも衣装も全部揃ってデビューする必要はないってわけさ』

ゆら『ふぇ~……いんですかね、そんな感じで……』


 湯楽々の至極まっとうな感想。


オレ『いいんだよ、それが。最初から完璧じゃなくていい。始動してからも少しずつ成長、進化していける。それが地下、地底アイドルのいいところなんだ』


 毎日いたるところで行われている地下アイドルの対バンイベント。

 日々繰り返される似たようなイベントの中で、オタクが求めるのは、ずばり!


『定番』と『新顔』だ。


『定番』とは、いわゆる「アンセム」と呼ばれる曲を持ってて、みんなで沸くことのできる中堅ライブアイドルのこと。

 もう一つの『新顔』は、『定番』だけじゃ変化がないからアクセントを付けるための新人のこと。

『見たことがない』『知られていない』というのは、マンネリを避けたがる常連アイドルオタクに対して案外武器になるものなのだ。

 そして、その『新顔』ボーナスが効いてるうちにイベント出演を重ね、運営資金を稼ぐ。

 そこで得た資金を元に、徐々にグループもグレードアップしていく。

 そんな予定。


野見『でもそれって、成長していけなかったら見捨てられるってことなんじゃないの?』

オレ『そのとおり。だから、並行してメンバー探しも続ける』

ゆら『メンバー募集の広告とかを出すんですか?』

オレ『う~ん、実績もないオレたちが今広告を出しても効果は薄いんじゃないかな。それよりも「 Jang Color はこういうアイドルです」っていう実績を積み上げてから出したほうが効果が高いと思う。広告を出すのにもお金がかかるしね』

ゆら『そうなんですね~』

野見『それにスケジュールを合わせやすいように、この辺に住んでる子でメンバーも揃えた方がいいんじゃないかって話もあるのよね』

ゆら『ああ、たしかに! それなら張り紙とかどうですか? この辺の学校の通学路とかに』

オレ『お、それいいかも! さっそく明日、登校する時に貼ってみよう!』

ゆら『やった~! 採用です!』

野見『あら、即断即決。さすが私の見込んだ男、白井くんね。行動が早いわ』


 いつオレが野見山に見込まれたのかはさておいて。

 オレは無視して話を続けることにする。


オレ『で、出演できそうなイベントが決まったら、そこに向けて衣装づくりとレッスンだ』

野見『レッスンってなにするの? 曲は?』

オレ『曲はカバー曲で行こうと思う。三曲もあれば地下対バンのステージはこなせるよ』

ゆら『三曲も歌詞を覚えきれるかなぁ……』

オレ『あ、ごめん、言ってなかったけど三曲中二曲くらいはエアボーカル──つまり口パクで行くことになると思う』

ゆら『口パク……ですか……』

オレ『湯楽々さんは歌声を届けたいんだもんね? 不満に思うのもわかる。でも、ステージで大体十五分くらいの間ずっと踊るってだけでも、めちゃくちゃ大変なはずなんだ。まずはそこに慣れて、次の段階で全曲生歌に移行しようと思う。実際、そういう手順で成功してるアイドルがほとんどだし』

ゆら『そうなんですね、まずはダンスから……わかりました!』


 湯楽々のためにも、早く全曲生歌で披露できるくらいの規模にグループを育てなきゃな。


野見『じゃあ、とりあえずイベントの日程決まり待ちってことね』

オレ『だね。わかったらまた連絡する』

野見『わかったわ』

ゆら『は~い、わかりました』

オレ『あっ! あと、物販のバック率なんだけど!』

野見『チェキ会の私達の取り分ってこと? 私は白井くんに任せるわ』

ゆら『私もわかんないで任せます……チェキ会……ちゃんと出来るか不安です……』

オレ『えっと、あ、じゃあ……全部の純利益を三等分ってことでどうかな?』


 たしかそういう分け方をしてる運営がいるって聞いたような気がする。

 とりあえずは無難だろう。

 正直純利益ってのがどれくらい出るのかも今はわかんないけど……。


野見『いいわ、もし赤字になるようだったら私を風呂屋にでも沈めてちょうだい』

ゆら『え、愛さんも銭湯で働くんですか?』

オレ『ストップ! 野見山さん、変なこと言わない! とりあえず赤字にならないようにバランス考えてやっていこう』

野見『ええ、わかったわ』

ゆら『わかりました~、黒字化めざしましょ~』

オレ『ってことで、今日はこのへんで』

野見『じゃあ白井くん、また明日』

ゆら『おやすなさ~い、私はお風呂掃除して寝ま~す』

オレ『うん、みんなゆっくり休んでね。おやすみ』


 シュッ。

 チャットアプリを閉じる。

 さぁ、やることが決まった。

 後はやるだけだ。

 オレは『Jang Color』のポイッターを開く。


『Jang Color(本物) メンバー二人になりました! カバー曲三曲から始める予定です! 出られるイベント募集してます! よかったら声かけてください!』


 そんな文章と共にファミレスで撮った野見山愛がパフェを食べてる写真を投稿し、充電の切れそうだったスマホをケーブルに繋ぐ。

 心地のいい疲れと高揚が全身を包んでいく。

 あぁ、本当に始まったんだな……オレのアイドル運営生活が……。

 そんな充足感を感じながら、オレはそっと目を閉じた。

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