第11話 対決、カイザル・トリイ!
「なにするんですか、放してくださいっ!」
表に出ると、妙ちくりんな格好をした小柄なガチムチ男が、路上シンガーの少女の腕を掴みあげていた。
通りを歩く人々は、面倒事はごめんだとばかりに目を
「ほら、白井くん。ガツンと言ってやりましょうよ」
「えぇ~、でも、なんかめちゃくちゃ怒ってるんだけどあの人……」
「あら、怖いの? 私を五億人動員できるアイドルにする白井くんが、あんなトンチキな格好をした大人一人に尻込みすると?」
トンチキな格好。
ダボダボのジーパンにTシャツ、スニーカー。
その上から燕尾服みたいなジャケットを羽織っている。
手には白い手袋をつけていて頭はボサボサ。
なんか寝起きのマジシャンみたいな感じ。
「……わかったよ」
このまま放っといたら、野見山が割って入っていきそうだ。
昨日、霧ヶ峰リリに突っかかっていったみたいに。
さいわい昨日は怪我もなく済んだ。
だが、今日は相手が怒ってる大人の男だ。
「オレが行くから、野見山さんはここから動かないで。約束だよ?」
野見山を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
そう、彼女の運営として。
「ええ、わかったわ」
なぜか少し嬉しそうな野見山。
オレは、勇気を振り絞ってトンチキ男に声をかける。
「ちょっと何してるんですか! 嫌がってるじゃないですか! 暴力はよくないですよ!」
「あぁ!? なんでてめぇ、こいつの仲間か!?」
声がでかい。
けど、ここで
ここでオレが引いたら、絶対に野見山が突っかかっていく。
だから下がるわけにはいかない。
それと、シンプルに──。
大の大人が、こんな弱々しい(しかも動員力『0』の)子をイジメてるのが気に食わない!
そんな気持ちが、オレを突き動かす。
「仲間じゃないです! けど、どんな理由があろうと、あなたが今行ってることは間違いなく暴行ですよ! 証拠も撮影してあります! だから今すぐその手を放してくださいっ!」
「チッ──! なにが証拠だよ……これだからクソガキは……!」
ブンッ。
と、トンチキ男は投げるように少女の手を放す。
「キャッ……!」
放り投げられてよろけた少女を、野見山が抱きとめる。
「あなた、大丈夫?」
「はい……え、あ、ありがとうございます……」
ふぅ。
これでひとまず女の子は無事だな。
あとは、このトンチキ男をどうするかなんだが……。
「で? 代わりにお前らが責任取ってくれるってのかよ? あぁん?」
ターゲットをオレへと変えたトンチキ男。
よしよし、あとはオレがなんとかこいつをあしらうだけだ。
出来れば……なんだけど……うん。
「責任って? まずは状況を説明してくれないとわからないんだけど?」
まずは、なんで揉めてたかの理由を探る。
「状況だぁ!? そいつが勝手にオレらの場所でへったくそな弾き語りなんかしてるからだろうが! あぁん!?」
なるほど、場所取りで揉めてたってわけか。
「『オレら』って?」
「オレらはオレらだよ! 大道芸人! パフォーマー! 見てわかんだろ!」
わかんね~よ、そんな中途半端な格好されてても。
でも、わかった。
このへんちくりんな格好をした男は大道芸人で、他に仲間もいる、と。
で、ここは自分たちの縄張りだと主張いてる、と。
総主張してるわけだ。
「パフォーマー? 他にも仲間がいるってこと?」
「あぁ、そうだよ! この場所は何年もずっとオレたちがパフォーマンスを続けてきた場所なんだよ! そこにぽっと出のガキがしゃしゃり出てきて邪魔してんじゃねぇよ! こっちは生活かかってんだよ、生活が! 代わりにお前らが補填するってんのか!? オレらがここで得るはずだった投げ銭分の金額をさぁ! あぁ!?」
「路上……パフォーマンス」
「あぁ、そうだ、路上パフォーマンスだ! こちとら世界を股にかけて活躍するカイザル・トリイ様だぞ! いくらてめぇらみたいな無知なクソガキでも名前くらいは聞いたこと……」
「ないね」
「あぁ!?」
「ないって言ってんだよ、ヤカラパフォーマー」
「ヤカラ……? てめぇ……何ふざけたこと言って……!」
路上パフォーマンス。
それは地下アイドルもよく行っているものだ。
ビラ配りだけの時もあれば、音響機材を持ち込んでライブを行うこともある。
それらはすべて無料で観覧することが出来る。
そしてオレは──。
無銭イベント専門の地下アイドルオタクだ。
「そもそもここは路上ライブの許可が取れない場所だ」
だから知ってる。
路上ライブ、路上パフォーマンスなんて原則どこも禁止されてることを。
許可なんて、なかなか取れないことを。
それらのライブはほぼすべて、ただ警察のお
だから、今このカイザル・トリイとかいうトンチキ男の言っていることは──。
九割
「な、なんでてめぇみてぇなクソガキがそんなことを……!」
しかも大道芸、パフォーマンスというのは人だかりができやすく、かつ「おひねり」の要求の圧も強い文化だ。
混雑するし、収益性の要素も強い。
広い公園なんかなんかならともかく、こんな駅前の大通りでそんな業態のものにポンポン許可が下りるとは思えない。
「大道芸なら、どこかの許可書は持ってるのかもしれない。でも、それは本当に『ここで』のパフォーマンスが許められた許可書なのか? 『オレら』と言ったが、その許可証の持ち主は『お前』で間違いないのか? その辺を今から一緒に警察に行って確認しようか? なぁ?」
路上ライブの許可が下りるとこってのは、大体人が少なくて広いところだ。
例えば大きな公園の広場や郊外の広い道路。
でも、それじゃああんまりお金にならないってんで、パフォーマーだったりってのは、こうやって人の多いとこに流れてきがち。
でもって、その流れてきた先でライブをしてた女の子が邪魔だから、威圧して排除しようとしていた。
おおよそこんなところか。
「ぐっ……てめぇ……! クソガキのくせに生意気だぞ……!」
ボサボサの髪の毛を逆立ててわなわなと震えるカイザル・トリイ。
「ん? 反論はないのか? ないなら……まぁ、こっちも許可は取ってなさそうだからな。おあいこってことで、その子に暴力を振るったことだけ謝れば許してやるよ」
「くっそ、ふざけん……」
「いやなら警察に行こう。どうせお互い無許可だ。でも、お前はこの子に暴力まで振るっちまったわけだ。さぁて、一体どっちが悪いことになるんだろうなぁ? カイザル・トリイさん?」
悔しさからか、ぷるぷると顔を歪ませるカイザル・トリイ。
「チッ──! 悪かったよ! これでいいんだろ、クソがっ!」
カイザル・トリイは吐き捨てるようにそう言うと、大通りの人混みの中へと早足で消えていった。
「よっしゃ! 勝った! 地下ドルオタなめんな!」
小さくつぶやき、ガッツポーズをキメるオレ。
とはいえ。
心臓バクバク。
ひざガクガク。
慣れない口喧嘩で、オレの動悸はめちゃマッハだ。
(ハァ~……。怒りまくってる大の大人に
そう思ってくるりと振り返ると。
「かっこよかったわよ、私の
約束した場所から一歩も動かないまま。
野見山愛がまるで女神かのような微笑みを、オレに向けた。
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