第7話 遭遇、霧ヶ峰リリ!
ガチン──ッ!
そんな音がした気がした。
霧ヶ峰リリと視線が噛み合う。
オーラがすごい。
頭がクラっとする。
まるで伝説の魔物、メデューサに睨まれでもしたかのような気分。
「あら、誰なのかしら? ドラマの撮影? それにしても随分と人気ね。ねぇ、白井くん。あの人は動員数どれくらいなの?」
野見山愛の声でどうにか正気を取り戻したオレは、
「あの人は……動員力──八千だ」
「八千? まぁ、それはなかなかの逸材じゃない。ねぇ、白井くん? どこの誰だかは知らないけれど、彼女を引き抜くことは出来ないのかしら?」
「それは無理だよ。だって、あれは──『飛鳥山55』の霧ヶ峰リリだから」
「霧ヶ峰リリ……。あれが……」
「そう、文句なしのぶっりぎり。今の日本のトップに立つ最強アイドルだ」
テレビで見るより、数段細くて顔も小さい。
これまで霧ヶ峰リリが髪色を変えるたびに、世の中の流行も変わってきた。
彼女の今の髪色は、落ち着いた金色。
その金髪ロングヘアーが、春の風に吹かれてふわりと揺れる。
「でも白井くん? その日本最強のアイドル、なんだかこっちを見てない?」
「うん、見てる……ね……」
「で、その最強さん、私の気のせいでなければ、こっちに歩いてきてるような気がするのだけど?」
「うん、歩いてきてる……ね……」
仕立てのよい制服風のワンピース。
そんな衣装をまとった霧ヶ峰リリが、ズンズンとこちらに向かって歩いてくる。
「ちょ、ちょっとぉ!? 霧ヶ峰さんっ!? どこに行かれるんですかぁ!?」
慌てふためくスタッフたちが霧ヶ峰の後を追う。
そしてオレたちは、あっという間に撮影スタッフと野次馬たちにぐるりと囲まれて──。
霧ヶ峰リリと、対面していた。
「なになに?」
「知り合い?」
「どうしたのかな、急に?」
「てか誰、あの二人? 芸能人? 知ってる?」
「しらね~。インフルエンサーとか?」
「仕込みじゃないよね?」
「バタバタしてるからガチなんじゃない?」
「動画撮っとこ! なにか起きそう! バズるかも!」
野次馬たちのスマホが、一斉にこちらに向く。
「やめてくださ~い! 撮影禁止! 撮影禁止で~す!」
マネージャーらしき人物が声を上げるも、すでに収集のつけようがない状況。
野次馬の数は、どんどん膨れ上がっていく。
「ねぇ、白井くん? なにかとんでもないことになっているような気がするのだけど?」
「奇遇だな、野見山さん。オレもそんな気がするよ」
「せっかくだしなにかやったら? いい宣伝になるわよ?」
「なにかって?」
「そうね、たとえば宣戦布告とか?」
「せ、宣戦布告って……!」
「あら、でも五億の動員を目指す私たちにとって、彼女は倒さなければいけない相手ではないの?」
「そ、それはそうだけど……」
顔を寄せ合ってひそひそと話し合うオレたち。
すると、霧ヶ峰リリがぽつりと呟いた。
「キミ……育成、上手なの?」
「……へ?」
ツン──と、野見山愛に肘で脇腹をつつかれる。
どうやら霧ヶ峰リリはオレに
オレに──と言っても、なんだかオレの頭の上あたりを凝視してるのが気になる。
「え、あっ……育成? 育成……えっと、たまごっちとかなら昔結構丈夫に育てられた気が……」
霧ヶ峰リリは「こくん?」と首を横にかしげる。
可憐かつ純真!
ただ首を曲げただけなのに、スーパーアイドルの圧に押されて身も心もふっとばされそうになる。
「あなたは……なんなの?」
本気で不可解。
というような表情の霧ヶ峰リリ。
マジでこんな人形みたいな人間が存在するんだとビビる。
「なにって、ただの高校せ……ぶふっ!」
突如、野見山の腕がオレの顔を押しのける。
「あらあらぁ! その質問をするのであれば、『あなた』じゃなくて『あなたたち』というのが正しいわね!」
「あなたは違う。ただの脇役。主役は……」
ブッチーン!
(あ、ヤバい……)
昨日からの付き合いしかない野見山愛。
しかし、この一日の付き合いだけでも、彼女が何にキレるかは想像できた。
プライドが高くて自尊心にまみれた彼女。
そんな彼女がキレるとしたら──。
「だ、れ、が……脇役ですってぇ……!?」
その自尊心を、傷つけられたときだ。
「? 脇役は脇役。事実だから仕方がない。本当の主役は……」
「あんただって言うつもり!? 霧ヶ峰リリ! いいこと!? 今、あなたが日本最高のアイドルと呼ばれているのは、この私、野見山愛がデビューしてなかったからってだけの話なのっ! だからあなたの天下ももう終わり! これからは私たち! え~っと、私たち……」
ツンツン。
野木山愛が肘でオレの脇腹をつついてくる。
「え!? なに!?」
「ほら、白井くん?」
「な、なんだよ……?」
「ほら、名前よ。名前! 私達のグループ名!」
「グ、グループ名? じゃ……」
「じゃ?」
「『
野見山愛の剣幕に押され、ずっと昔から考えていたアイドルグループの名前がポロッと口からこぼれ出る。
「これからは、私達『Jang Color』の時代よ!」
ざわざわざわ……。
野次馬たちの間にざわめきが広がる。
「なに? なんて言った?」
「じゃんぐ……? なにこれやっぱり仕込み?」
「え、これドラマのシーン?」
「いや、違う! 便乗宣伝だよ、宣伝!」
「え!? 天下の霧ヶ峰リリに無名アイドルが喧嘩売ったってこと!?」
「おい! ポイッターに投稿しろ! バズるぞこれ!」
あぁ……終わった……。
これは間違いなく大炎上だ……。
まだ、なにも始まってすらないのに……。
「ちょ~っと! あなたたち! 何やってるの!? 誰!? どこの地下アイドル!? 事務所どこなの!? いいかげんにしなさいっ!」
影山リリのマネージャーっぽいおばさんが、ヒステリックに詰め寄ってくる。
「あなたは昨日八千人動員したかもしれないけれど、私は五億よ! 五億人動員するわ! あなたの六倍よ、六倍っ!」
「ちょ、ちょっと野見山さんっ!」
これ以上厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。
煽り続けてる野見山を腕を取り、オレたちはその場から離れた。
「『Jang Color』……。XS……」
去り際、背中越しに霧ヶ峰リリの呟く声が聞こえた。
XS? なんだそれ?
ともあれ。
こうして、オレたちの立ち上げるアイドルグループ『Jang Color』は「日本一のアイドルに喧嘩を売る」という、考えられうる限り最低最悪な状態からスタートを切ることになったのだった。
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