「天才仮面」


天才はあきらめた。


世の中は、持つものと持たざるものに分かれている。そして自分は後者なのだと、30歳を迎えて私はやっと思い知ったのだ。なんでもとにかくがむしゃらに挑戦し、当たって砕けろの精神で物事にぶつかってきたものだが、ついぞ見つからない。才能が、だ。向いていることが、全く見つからない半生なのだった。

何をやらしても平均点、苦手なこともないし大きな挫折もない。生活に困ったこともなければ、トラウマを抱えたこともない。自分の半生は何もない。絶望も希望も見つからない味気ない人生だった。


芸術、演劇、執筆。あこがれるクリエイト関係のスキルを何とか見つけようとあれこれ中途半端に手を出して、半端なまま辞めることを繰り返す。そうして宙ぶらりんのフリーターのまま30歳を迎えてしまった。気づけば自分は何者にもなれていやしなかった。


今日は昔同じ劇団だった俳優仲間と酒を酌み交わす約束をしていたので、気が向いた私は久々に都会へ繰り出した。


「お前さ、もう演劇やらないのかよ?」

しゃれた居酒屋の個室でハイボールを景気よくあおりながら、昔の演劇仲間であるEは私に問いかける。

「うん、向いてないなと思ってさ。私はもっと自分の才能を発揮できる環境を探してるんだよ、今もね」

「何言ってんだよお前……ほんと変わってないのな」「え?何が?」

「世の中で成功するやつってのは俺らと同じ凡人なんだよ。凡人が一生懸命研究して、売れるための戦略練って、教科書通りに動いてスターになってんだよ」

私は内心嘆息した。お前こそ何言ってんだよ。圧倒的なあの格の違いを見せつけられて、まだそんな『努力』とかいってるのか。


「お前はさ、何でも平均以上にできるのに、そうやって天才に引け目を感じすぎなんだよ。天才なんて一握り、その他大勢の成功者はさ、天才の振りをしてるだけなんだって」


お前にはその他大勢のスターになれる可能性をもっていたのにな。

Eはもったいないことだと言ってハイボールを飲み干した。



天才はあきらめた。

しかし今度こそ、自分は何者かになれる気がした。

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