17. Continue:06-3

 神が敢えて、『勇者』と『魔王』をこの一日に閉じ込めている、という真実。それは四人を、絶望させるには十分な力があった。

 とはいえそれで諦めるのは、あまりにも理不尽がすぎる。敢えてそうしているというなら、その隠された何かを見つければいいだけだ。

 と、目を細めて眉間を寄せながら、シェドザールが重々しく口を開いた。


「……『聖女』、改めて一つ問いたいことがある」

「はい、シェドザール様」


 ジャンヌも真剣そのものの表情で答え、その先を促す。しばしの沈黙の後、言葉を念入りに選びながらシェドザールはゆっくりと問いを発した。


「さすれば、だ。この世界はアシアの・・・・・・・・・掌の上にある・・・・・・という話は真実である、ということか」

「……」


 世界は、世界神アシアのてのひらの上にある。

 ともすれば何を当然なことを、と一笑に付される質問だっただろう。そもそも世界を管理する神が今いるこの世界を手中に収めているのは当然のことだ。

 だがシェドザールの問いかけに、ジャンヌは笑みを見せるどころか一層表情を固くする。二度三度瞬きをして、深呼吸をしてからジャンヌはシェドザールに指先を向けた。


「そうお思いになる根拠を、何かお持ちでいらっしゃいますか?」

「あるとも……少々待っておれ、取ってこさせる」


 そう話すと、シェドザールが立ち上がって地面に魔法陣を作り出す。以前にもやってみせた飛狼フライウルフ創造だ。生み出された飛狼フライウルフは獣人型に変化すると、翼を羽ばたかせてまっすぐ飛び上がる。

 そのまま魔王城の方、『魔王』居室のバルコニーに飛び込むと、一分もしないうちにまたそこから飛び出してきた。地面に着地するや、握った手を開いて中にあるものを見せてくる。


「これだ」


 開かれた飛狼フライウルフの手に握られていたもの、それは掌に乗るくらいの大きさに破かれた羊皮紙だった。だが、そこには何も書かれていない。


「紙?」

「これがどうしたのよ」


 アクセルとエマも、飛狼フライウルフの手のひらにあるそれを見て首を傾げる。シェドザールは「根拠」と言ってこれを持ってこさせたのだ。何も書かれていない羊皮紙が、そうだとは思えない。

 飛狼フライウルフの手から紙片を取り、空の椀に川の水を入れながらシェドザールは話し出す。


「魔王城の吾輩の部屋に飾られた、世界地図に貼り付くように隠されていた紙片だ。見ての通り何も書かれていない……しかし、だ。こうすると」


 言いながら、シェドザールは手にした椀を傾ける・・・。椀に満たされた水は当然こぼれ、シェドザールのもう片方の手を――その手に乗った羊皮紙を濡らした・・・・・・・・

 するとどうだ。アクセルとエマが目を見開く。


「えっ……!?」

「水をかけたら、文字が……!?」


 そう、羊皮紙が水に触れて濡れた途端、まるでシミが浮かぶように文字が浮かび上がってきたのだ。ジャンヌも感心した様子で腕を組む。


隠し文字・・・・ですね。これを書かれたのは……」

「先代の『魔王』ラエネック。右下を見よ、ここに小さく署名がある」


 シェドザールが爪先で指し示した羊皮紙の右下、そこには確かにラエネックの署名サインが書かれていた。急いで書いたのだろう、ところどころ線が歪んでいる。

 肝心の文字の方はと言うと、読めるようで読めない、意味の分からない文章だった。シェドザールは文字を爪先でなぞりながら話を続ける。


「これは一見すると、意味のない文字の羅列にしか見えぬ。だが、この文字列を逆から読んでいくと……」


 そう話しながら、綴られた文字を右下から左上に向けて順々になぞりながら読み上げる。するとどうだ。


「『か、み、は、せ、か、い、を、て、に、し、そ、れ、を、な、が、め、る、な、り』……」


 意味がつながり文章になった。即ち「神は世界を手にし、其れを眺めるなり」――アシアがこの世界を、文字通り『外』から眺めている・・・・・ことを告げていた。

 アクセルも、エマも、ジャンヌでさえもこの告発には驚きを隠せないでいる。


「世界を、眺める・・・……!?」

「えっ……待って、なんでこれを先代の『魔王』が残せたの!?」

「何故……ええ、まさに。どのようにしてそれに気付かれたのでしょうか」


 そう、問題はそこだ。空を見上げても、どこを探しても、世界神アシアの姿はおろか、端末とか監視者とかの気配もない。この世界にあるアシアの痕跡は、先にジャンヌの話した古の書エンシェントストーンくらいだ。

 それを以てしても「世界は神の掌の上だ」と断じるには情報が足りない。実際、シェドザールもそこに答えは出せないでいた。


「そこは吾輩にも分からん。何しろ直接話す機会が今更持てぬ……だが、先代が遺したこれは、『魔王城』がどうなるにせよ遺るものがある、という証拠だ」


 そう告げつつ、シェドザールが目を向けるのは後方、川向こう、『魔王城』だ。

 ラエネックは気づいた。そして遺した。その上でそれをシェドザールが見つけ、手にした。わざわざ・・・・残されたものが、確かにここにある。


「先代がこれを『魔王城』に遺したということは、『魔王城』という建物を超えての合図・・が、アシアめに必要なのではないだろうか」

「あ――!!」


 シェドザールの発言に、アクセルが思い至ったように声を上げ、手を打った。

 アシアは世界の『外』から見ている。『中』に入って見てはいない。ならば外から見えるように合図を出す。答えとしてはこの上ない。


「そうか……思えば玉座の間に窓がないのも気がかりだった。玉座の間で戦闘が終了しても、城の外からは分からない……」

「じゃ、外から分かるように、『魔王』が死んだって伝えなきゃいけないってこと? どうすんのよ」


 エマも納得を見せながら、しかし首をひねっていた。

 合図を出すのはいい。問題はどうやって出すかだ。その『どうやって』をアシアは敢えて隠し、記録からも抹消している。そこまでしているのだから、よほどアクセルたちに知られたくないことは想像に難くない。

 ジャンヌも眉間に指を押し当てる。そしておもむろに口を開いた。


「鍵はそこにあるのだと思いますわ。その手段こそ、アシア様が敢えて隠した――」


 が、その時だ。じっと考え込み無言でいたシェドザールが、ハッと目を見開き声を漏らした。


「む……?」

「シェドザール様?」


 突然見せた反応に、眉間に指を当てたままにジャンヌが問いかける。

 何かに気がついたらしいシェドザールの目は、大きく見開かれていた――どころか、小さくなった瞳孔が僅かに震えている。口元に手をやったまま、ブツブツと小さく呟いていた。


「外から見ても分かるほどの、『魔王』が死んだ証拠……そうか、あのスキルは……」


 呟きは他の三人には聞こえない。ボソボソと言葉を漏らし、動揺を隠していないシェドザールに、首を傾げながらアクセルが呼びかける。


「『魔王』?」


 その声に、シェドザールの目が今一度開かれた。はっと顔を上げ、三人と視線を交わすや、『魔王』は息を吐いてゆっくり立ち上がった。足元の爪がカ、と地面をひっかく。


「……すまぬ、少々考えを整理したい。今日の夜に玉座の間に参れ。待っておる」


 そう言い残し、『魔王』は一人、『勇者』たちに背を向けて歩き出した。『魔王城』の方へ、橋を渡り、門の中へ。

 だが明らかに様子がおかしい。尻尾は垂れたままで力なく揺らされ、耳も小さく伏せられている。城門前の門番たちも、その様子に驚いて顔を見合わせるほどだ。


「なんだ、あいつ……」

「随分思いつめた表情をしてたわね……」

「……」


 残された三人も、何事かと首を傾げ、疑問を抱くばかり。夜に玉座の間に、とは言うが、それまでどうしたものか。

 もう一度首を傾げながら、すっかりぬるくなった鍋の中身を改めて火にかける。どう動いたものか、相談する気も三人には起きなかった。

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