12. Continue:04-2

「『魔王』!」

「んむ」


 かくして『玉座の間』の扉は勇者によって開かれる。

 『魔王』シェドザールは恐らく玉座に座ってのんびりと暇を持て余していたのだろう。目を見開きつつ、口元は満足そうに笑っていた。


「存外に早い到着ではないか、『勇者』」

「当然だ」


 シェドザールの言葉にアクセルは短く応えて剣を構えた。

 『玉座の間』へのルートは幾度となく通って頭に入っている。道中の魔物の配置も概ね分かっている。あとはどのルートを通れば早く、レベルも上げられるかというだけだ。

 故にレベルは十分に上がっている、後は『魔王』を倒すのみ、だ。


「お前を殺し、世界に平和をもたらす。それが使命だ!」

「ふっ」


 アクセルの気合の入った言葉に、笑みを深めながらシェドザールも立ち上がる。

 アクセルもシェドザールも正直、これがあまりにも滑稽なやりとりであることを分かっている。今朝に茶を片手に語らっていたし、もはや同志である相手と死闘を繰り広げるなど。

 だが世界神アシアは今も見ている。『勇者』と『魔王』が正々堂々真正面からぶつかり合い、殺し合いの末に『勇者』が勝つことを望んでいる。なればこそ。


「……抜かしおる!!」


 シェドザールは立ち上がるや激しい熱波を放った。焼け付くような空気が『勇者』三人を包みこんで身体の中から焼き尽くさんとする。


「く……!!」

「なんて熱量……これが『魔王』!!」


 恐ろしいまでのパワーに、エマもジャンヌもわざとらしく・・・・・・苦しんでみせる。演技だとしても、演技することを忘れるほどのこの熱量。どのみち『本気』でやらねば勝てない相手ということだ。


「貴様が殺しに来るのなら、吾輩も貴様らを全力を以て殺す。それが道理であろう!!」

「ああ――違いない!!」


 吠えるシェドザールに、アクセルも笑みを見せながら剣を構え突っ込んだ。熱気を切り裂く勢いで剣を一閃、その胸元を真一文字に切り裂いた。

 ドバ、と溢れ出す血と炎。徐々に炎で傷が焼き塞がれる中、シェドザールはもう一度にやりと笑った。

 楽しんでいる。明確に『勇者』との戦いを楽しんでいる。だがそれ故に、これまでの戦いよりもスキが大きい。そのスキをジャンヌが見逃さなかった。


「今ですわっ!!」

「おぉぉーーーっ!!」


 ジャンヌが放った魔法がアクセルに直撃し、その能力を底上げする。バフによって底上げされた能力を以てまた一度、アクセルの剣が振るわれる。それを防がんとシェドザールが手甲をつけた腕を差し込むが、その腕が切り落とされた・・・・・・・

 シェドザールの首に剣が食い込む。彼の弱点にして唯一の命取りが首だ。その首に剣を押し込みながら、アクセルが叫んだ。


「ぬんっ……!!」

「よし――今だっ!!」


 苦悶の声を漏らしたシェドザールに、襲いかかったのはエマだった。斬ったもの全てを須らく断ち切る魔剣『山割りの大剣マウンテンクラッカー』。その切っ先がアクセルが斬り込んだのとは反対側、まるでハサミのようにシェドザールの首に食い込んだ。


「おらぁぁぁぁっ!!」

「な――!?」


 まさかの両側からの同時攻撃、という奇策にシェドザールも思わず声を漏らす。

 確かに弱点が明らかになっている以上、その弱点を突くのは王道にして常道。おまけに今回は『真剣勝負』を装った演技。容赦も何も必要はない。

 結果として、シェドザールの首は『山割りの大剣マウンテンクラッカー』によって胴体から切り離されて宙を舞った。飛ばされた口から血が舞い散る。


「が、ハ……っ!!」


 断末魔の声が飛ばされた首から漏れ出した。どん、どんと音を立てて転がった首と、ゆっくり後方へ倒れ込んだ首のない身体。その倒れた身体が音もなく燃え上がる。

 『魔王』の敗北だ。そして『勇者』の勝利だ。


「よ……よし……!」

「やりましたわ……!」


 やりきった。その事実に三人が破顔しながら息を吐いた。『魔王』を討伐したという使命をこれで果たしたのだ。シェドザールも満足した表情で死の淵に瀕しながら『勇者』たちに呼びかける。


「やって、くれる……だが、よく、やってのけた……!」


 『魔王』の言葉に『勇者』たちがすぐさま表情を引き締める。

 『魔王』討伐はこれで為された。あとはもう一つの目的、『魔王城から脱出する』ことを完遂しなくてはならないのだ。

 なんだかんだと道中でのレベルアップに時間がかかっている。具体的な時間はわからないが、もう真夜中というくらいだろう。あまり時間をかけて脱出していては朝が来てしまう。


「しからば、急ぐのだ、『勇者』……時間が、な、い――」


 『魔王』が最後の力を振り絞ってそう告げるや、その目から光が消える。『魔王』の最期だ。静かに燃えていくその身体を、アクセルは静かに見つめていた。


「……」


 もう炎は消えており、『魔王』シェドザールの骸は動くことはない。先の『巻き戻し』の時とは違う寂寥感をアクセルは感じていた。

 だが哀愁に沈んでばかりもいられない。振り払うようにエマが視線を外しながら呟いた。


「……死んだわね」

「それで……玉座の裏、だったよな?」


 アクセルも気を取り直して朝にシェドザールの告げた「玉座の裏」に視線を向けた。布が敷かれた石造りの玉座、その後ろには石壁が高くそびえ、天幕が静かに揺れている。

 三人は玉座の裏に回って、何か無いかと探り始めた。


「玉座の裏……なにか、蓋みたいなものとか……」

「えぇと……あら? アクセル様、こちら」


 探る中、ジャンヌがはっと気がついたように天幕をめくりあげた。何枚かに分かれた天幕のうちの一枚、ちょうど玉座の真裏にある天幕の裏に空間があるのだ。


「……なるほど」

「天幕の裏に出入り口を隠すとか、周到ね」


 アクセルもエマも感心した様子で、天幕裏の隠し穴・・・を見た。穴にははしごがかかっていて、下の階に続いているらしい。


「下って行けるようですわ。急ぎましょう」


 そう言うや、ジャンヌは真っ先にはしごに目もくれず穴に飛び込んだ。魔法を使える彼女は浮遊落下レビテーションを使える。一番最初に飛び降りて着地した後、残り二人に浮遊落下レビテーションを使って着地させれば、一番早いというわけだ。

 かくしてエマ、アクセルの順に穴に飛び込み、ジャンヌの手を借りて床に着地する。降りてきた、というよりも落ちてきたに近い三人が周囲を見回すと、そこは石壁に囲まれた薄暗い空間だった。壁の松明が赤々と灯っている。


「ここが……一番下かな?」

「そうみたいだな……見た感じ、城の地下、か?」


 周囲に目を配りながらアクセルを先頭に三人は歩き始める。既に『魔王』を倒しているとはいえ、城の地下空間は手つかず。魔物がまだいる可能性は高い。

 慎重に進みつつも特段魔物に出くわすことなく進む中、不意にジャンヌが足を止め、ある一点を指さした。


「あら……? あそこの部屋、灯りが」

「本当だ。何だ……?」


 言われて目を向けた先、確かに煌々と明かりの灯った一室がある。それも周囲に比べて驚くほどに明るい。どころか近づくと、いくつもの声が漏れ聞こえていた。


「あわわわ……」

「魔王様が……どうしよう……」

「この部屋までは来ないよね……来ないよね……?」


 扉の隙間から中をこっそり覗くと、そこには数匹の仔犬族コボルドが絶望の表情をして『画面・・』を食い入るように見つめていた。部屋の壁一面に設置されたいくつもの板、そこに映像が投影されている。

 そのうちの一枚、仔犬族コボルドがしっかと見つめている画面は『玉座の間』を映していた。倒れ伏して命を落としたシェドザールの姿が映し出されている。

 見るからに戦闘要員ではない。だがここにいる以上、立場は明らかだ。


「魔王軍の魔物……」

「でも、見るからに強くないわよね……裏方役とか?」

「かもしれませんわね……どうしましょう?」


 こそこそと声を潜めつつ三人は首を傾げあった。

 倒す必要はほとんどないだろう、近隣の村に脅威となるような強さがないことは見ての通り。無駄に殺して時間を浪費するのも勿体ない。

 だが、このまま放置して先を行くのも勿体ない。何しろ魔王城の地下空間は手つかずなのだ。外に出る最短経路も分からない。

 結果としてアクセルは、剣を鞘ごとカバンの中にしまいながら頷いた。


「ここからの抜け道を知っているかもしれない。声をかけよう……武器をしまってから」


 その言葉に、エマもジャンヌも反論はない。実際問題、さっさとここから出たいのだ。

 二人もカバンにそれぞれの武器をしまい、律儀にも戸をノックしてからアクセルは部屋の中に踏み入った。


「忙しいところ悪いが、邪魔するぞ」

「ひぃっ!?」


 その声に、ノックの音に、振り返った仔犬族コボルドたちは文字通り飛び上がった。中にいた三匹ともが、身を寄せ合ってガタガタ震えながらアクセルたちを見上げて命乞いを始める。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「ころっ、殺さないでください!」

「見てただけです! 何も悪いことしてません!」


 こんなにも怯えられて、命乞いまでされて、当初から欠片もなかった殺意が一層しぼんでいった。ここまで怖がられるとは思っていなかったが、『魔王』の返り血を多少なりとも浴びている現状、仕方ないだろう。


「待て、落ち着けって」


 アクセルがため息を吐きながら両手を広げて見せた。エマもジャンヌも手を広げて見せつつ、なだめるように仔犬族コボルドたちに声を掛ける。


「あんたたちを殺しに来たんじゃないの。城から出るために来たら、ちょうど通りがかっただけよ」

「そうですわ。出口さえ教えていただければ、何もいたしません」


 その言葉に三匹が目を見開いたまま顔を合わせる。どうやら本当に敵意がないことを理解したのかしないのか、震えながら部屋の向こうの通路を指差す。


「あ、あの……あっちです……」

「この部屋の、横を過ぎて……突き当たったら左に行って、あとは道なりで……」

「そうしたら、あの、川のそばに出ます……」


 わりと丁寧に教えてくれた。聞いてみるものだ、と思いつつアクセルは素直に礼を述べた。


「そうか、ありがとう」

「じゃ、行きましょ」

「ええ」


 エマもジャンヌも小さく仔犬族コボルドたちに頭を下げ、扉を開けて部屋の外へ。向かうべき道が分かった以上、そう進むより他にない。

 そうして最後、アクセルが部屋を出ようとしておもむろに振り返った。


「あ、そうだ」

「ひゃいっ!?」


 ここで声をかけられると思わなかったのだろう、上ずった声で仔犬族コボルドの一匹が返事をする。その表情に苦笑をこらえながら、アクセルはそっと問いかけた。


「さっき、『見てただけ』って言ったよな。何をだ?」


 その問いに仔犬族コボルドが目を見開く。

 確かに彼らは「見ていた」と言った。壁にかけられたいくつもの板に投影された映像を見るに、魔王城の中を見ているのだろう。だが、どうやって?

 アクセルの疑問に仔犬族コボルドの一匹、恐らく管理者らしい少し大柄な個体が口を開いた。


「あの、私たち、『監視室かんししつ』なんです……城内に飛んでるフライアイズの目を通して、城内の監視をするのが仕事で……」

「フライアイズ、玉座の間にもいるんです……だから、あの……」


 おずおずと話されたその事実に、密かに目を見張るアクセルだ。

 飛眼フライアイズ。大きな瞳一つに翼の生えた小柄で弱い魔物だ。それ自体は脅威にならないが、羽音が静かで姿も大きくないため斥候役として用いられている。

 そのことは知っていたが、まさか遠隔で飛眼フライアイズの映像を受け取る技術があったとは。魔王軍の運営体制、恐るべし。


「そうか、分かった」

「えっ、あっ」


 短く言い残して扉を閉じるアクセルだ。残された『監視室』の管理者が何かを言いたそうにしていたが、時間が惜しい。

 言われた通りの道を進むと、確かに木製の扉があった。扉の奥から水の流れる音がする。外に繋がっているのは間違いないらしい。


「外だ」

「もしかして嘘を……なんて思ってたけど、考えすぎだったみたいね」


 扉を開けたら、言われた通りコチ川のほとりに出た三人だ。どうやら正面入口とは反対側になるらしい。

 出られたのはいいが、ちゃんと『憩いの火』までは戻りたい。城の外周を回って正面に向かいながら、『勇者』たち三人は驚きを顕にしていた。


「にしても……そんな役目の魔物がいたとはな」

「まぁ、その方が効率良いわよね、城内の警備は」

「よく考えられたものですわね……」


 まさか自分たちの戦いが徹頭徹尾見られていたとは。末恐ろしさを感じながらも、『憩いの火』に向かって歩いていく『勇者』たちだった。

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