04. 絶望は遅れてやってくる

「うおおおお!!」

「どけ、ガキがっ!」

「ぎゃっ!」


 頬に一発グーパンチ。

 僕は目もくらむような衝撃を受けて、盛大に床へと転倒した。


 ……非肉体派の僕には、取っ組み合いなんて無理な話だった。


「捕まえろ!」


 廊下から次々と盗賊然とした服装の男達が駆け込んでくる。

 あの白い布は、セレステ教の信者だと思わせて油断を誘うためだったのか……。


「何をするんです!?」


 男達は困惑するマリーを取り囲んで羽交い絞めにしようとしていた。

 すぐに助けないと――と思っても、最初に部屋に飛び込んできた男が僕の上にまたがっているせいで、とても助けにいける状況じゃない。


「やめろ! マリーに触るな!!」

「黙ってろ!!」

「ぐえっ」


 またもや顔面にパンチを食らい、鼻先がツーンとした。

 しかも肘で首を押さえつけてくるものだから、まともに息すらできない。


「この女、マジで上玉だぜ!」

「くそぉ。せっかくベッドがあるってのに、味見も許されねぇとはなぁ」

「いいからさっさと連れていくぞ! 王国兵に見つかったら面倒だ」

「なぁ。この女、体がやたら硬くねぇ?」


 朦朧もうろうとしかけた意識を持ち直し、男を引き剥がそうと抵抗を試みる。

 しかし、非力な僕ではどうしようもなかった。


 ……なんてことだ。

 こんな状況なのに、僕には彼女を助けることができないのか。

 フェンサーとウルファーのいない僕が、まさかこれほど無力だったなんて……。


「おい、暴れるな! 暴れるなって、あばぼぇぇぇっ!?」


 突然、強盗の一人が吹っ飛んだ。

 奴は勢いよく部屋の壁にぶつかり、白目を剥いて床に倒れた。


 ……な、何が起こった?


「ぎゃっ!」

「ぶごぉっ!?」

「ひでぶっ」


 マリーを取り囲んでいた男達が、次々と吹っ飛んでいく。

 最後の一人が倒れた時、僕はようやく何が起こっているのかを理解した。


「はぉぉぉ~~~~っ! ほあたぁっ」


 奇妙なポーズを取って、奇声を発しているマリーが僕の目に映る。

 なんと彼女が屈強な男達を一方的に殴り倒していたのだ。


「こ、この女、拳闘士だったのか!?」

「東方式爆烈拳法グァラーテです! こういうこともあろうかと、自己防衛の術くらいは心得ています!!」

「くそがぁぁっ」


 僕を押さえつけていた男が、短剣を抜いてマリーに襲い掛かる。

 しかし、奴の切っ先が触れるよりも速く、マリーの回し蹴りが炸裂していた。


「ごはぁっ!!」


 男は盛大に吹っ飛び、廊下の壁に穴を開けて埋もれてしまった。

 その姿はなんともシュールな光景だった。


「ふんっ。ご主人様以外がこの私に気安く触れるなど、無礼千万! もう一度、お母様の中からやり直してきなさい!!」

「ま、マリー?」

「大丈夫ですか、ご主人様!」


 マリーが一足飛びで僕の元まで跳んできた。

 彼女に抱き起こされて、その上ハンカチで鼻血の出ていた顔まで拭われる始末。

 まさか17歳になってこんな子供扱いをされるとは……。


 それにしても、マリーが戦えるなんて知らなかった。

 僕の能力・・・・で24時間365日ずっと動き続けているから、今までも勝手に家事仕事を学習していったことはあったけれど、まさか格闘術まで修めていたなんて。


「この人達、私を狙ってきたようですね」

「うん。きっとこの辺りの人さらいに目をつけられたんだと思う」

「すぐに宿を出た方が賢明ですね」

「だね」


 外はまだどしゃ降りだけれど、事態が事態だけに仕方ない。

 とりあえず王国兵の巡回が多い場所まで避難した方がいいな。


 マリーと一緒に廊下へ出ようとした時、急に窓の外が明るくなった。


 ……晴れた?

 否。窓にはいまだに雨が打ち付けている。

 部屋の中を照らしているのは――


「光!? これは……聖光剣の輝き!!」


 ――忘れるはずもない。

 それは僕が憧れた勇者シャインの愛剣が放つ光。

 彼がモンスター相手に剣を抜いた時、刀身は彼の能力に感応してまばゆい輝きを放つのだ。


 それがどうして今、僕の部屋を照らしているのか――


「うわああぁっ」

「きゃあああっ」


 ――答えはすぐに分かった。


 巨大な剣閃が窓を突き破り、瞬く間に壁を崩壊させる。

 天井と床が傾き、壁に開いた穴から家具や気絶した男達が外に滑り落ちていく。


 幸い、僕とマリーは傾斜の緩い廊下側にいたので落ちることは避けられた。

 けれど、壁に開いた穴の先で目にしたものは、僕を戦慄させた。


「使えねぇザコどもが。俺の手を煩わせやがって」


 通りには、白い布で全身を覆い隠した人物が立っていた。

 一見して誰とは判断つかないけれど、その人物が持つ剣を見て、僕にはその正体が一目でわかった。


「シャイン! う、嘘だろ。なんで……!?」

「バレバレか。ま、そりゃそうだろうよ。一年足らずとは言え、同じパーティーだったもんな」


 その人物が白い布を脱ぎ捨てると、見慣れた男の顔が露わに。


 勇者シャイン・ルクス・クルス。

 僕の憧れた男が、仲間だったはずの僕に明確な殺意を向けている。

 信じられない。……信じたくない。


 体が震えている。

 今にも腰が抜けそうだけど、マリーが支えてくれていることで、辛うじて立っていられる有り様だ。


 僕に戦闘向けの人形がない以上、シャインにはどう足掻いても勝ち目はない。

 どうにかして、この場を切り抜ける方法を考えないと……!


「どうしてこんなことを!? もう僕とは関係ないって……っ」

「事情が変わった。別に生かしておいてもよかったんだけどな」

「生かしておいてもって……ぼ、僕を殺す気ですかっ!?」

「俺は使えない人間には存在価値を見出せないんだよ。今のお前が、まさにそれだ」


 やはりシャインの狙いはマリーか。

 強盗達も彼が送り込んだものに違いない。

 でも、どうして非戦闘型の人形であるマリーを狙うのか、皆目見当がつかない。


 ……そんなことを考えている場合じゃないな。


「だ、誰かっ!!」

「叫んでも無駄だ。この大雨じゃ遠くに音は届かねぇし、ここらへんに住んでる連中は今頃教会でお祈りの真っ最中さ」


 剣を構えたシャインが僕に近づいてくる。

 こんな悪い冗談、夢であってほしいけれど――これは現実だ。 


「クビにされた理由を実感したか? お前のギフト・・・は戦える人形がいなけりゃ本当に無力だ。今のお前には何の価値もねぇよ」


 僕の人形を操る能力は、一般にギフトと呼ばれる特異能力の一つだ。

 後天的に会得できる魔導士の魔法や聖職者の奇跡とは違い、ギフトは生まれながらにして人間に与えられた神様からの贈り物とされている。

 そして、ギフトとはその人の生き方を決定づける人生の指針のようなもの。


 僕は〝人形支配マリオネイト〟のギフトを授かった。

 人形を支配し、意のままに操る能力――だから僕は人形使いになる道を選んだ。

 故郷の家に、人形技師である父さんの人形が遺されていたこともそれを後押しする一因となった。

 父さんの人形と、持って生まれたギフト、僕が人形使いになるのは運命だった。


 なのに、ここにきてその運命を呪うことになるなんて……。


「ご主人様――」


 マリーが小声で僕の耳に囁いてくる。


「――私が囮になります。その間にお逃げ下さい」

「何言ってるんだ!」

「大丈夫。彼の狙いは私のようですから、私を捕まえることを優先するはず」

「捕まったら何をされるかわからないんだぞ!?」

「大丈夫! いつかきっと私を取り戻しに来てください。どんな目に遭おうとも、私はずっとあなたを待っていますから」

「……っ」


 こんな時にもマリーの笑顔は眩しい。


 僕は覚悟を決めた。


「ごめんマリー。必ず取り戻すから……!」

「はい」


 情けないけれど、この場は逃げるしかない。

 死んでしまったらそこでお終い。

 でも、生きていれば必ず再起するチャンスはやってくる。


 その時、目が眩むほどの光に照らされた。


「逃げる選択肢はないぜ、マリオ!!」


 シャインが剣を大きく振り上げ、その刀身が黄金色に輝いている。

 これは、彼の持つ聖光剣が大技を放つ前の兆候。


 まさか街中でモンスターを攻撃するような技を放つのか?

 しかも、僕の傍には目当てのマリーもいるのに!


「やめて! そんな技を使えばマリーまで――」

「冥途の土産に持っていけ! 聖なる光の剣閃シャイン・グリント!!」


 剣が振り下ろされた瞬間、薄暗い街中を雷のように眩い光が覆った。

 それは瞬く間に壁を砕き、床を崩して、僕の体を飲み込んだ。


 ……気付いた時には、僕の全身を大雨が打ち付けていた。


「い、一体何が……?」


 全身の激痛で体が動かせない。

 それどころか、右手と右足の感覚がない。

 視界も視野が狭い――普段の半分ほどしか見えない。


 視線だけ動かして周りを確認すると、僕は崩れ落ちた建物の瓦礫に埋もれていた。


「ご主人様!!」

「マリー?」


 マリーが涙目で僕の顔を覗き込んできた。

 彼女は僕と一緒にシャインの技に巻き込まれたのに、顔や衣服に汚れ一つない。

 奇跡が起きたのか? ……無事でよかった。


 僕が安堵した矢先、マリーのすぐ後ろからシャインの顔が覗いた。

 彼女はすでに捕まっていたのだ。


「へぇ。生きているとは悪運の強い奴だな、マリオ」

「シャイン……。どうしてマリーごと、僕、を……? 彼女を、壊していたかも、しれないんだぞ……」

「俺のギフトを忘れたのか?」

「あ……!」


 シャインのギフト。

 それはまさに彼を勇者たらしめる脅威の特異能力であることを思い出した。


「ギフト〝天命作用ラッキーストライク〟――俺の選択は、すべて俺の都合の良い結果に着地する。仮に、民衆千人がごった返す広場にコソ泥一人が逃げ込んだとしても、俺の一撃はコソ泥だけを斬り殺す。今回のようにな」


 ……絶望しかない。

 天運を味方につけた人間に、僕みたいな凡夫が敵うわけがない。


 僕はたった一日ですべてを奪われる。

 父さんの形見の人形達――フェンサー、ウルファー、そしてマリー。

 そしてこの命までも。


「ま、天に見放されたってことで。じゃあな、マリオ」


 シャインが剣を天に掲げた。

 降りそそぐ雨はより一層強くなっている。

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