『鋭利な餡』

やましん(テンパー)

『鋭利な餡』


『これは、すべて、フィクションです。』





 薄暗い室内で、ぼくは、何も映らないテレビを見つめていた。


 また、よくない夢だった。


 卒業と、退職がいっしょになった夢だ。


      💤🎠💤



 最後の会議が終わったのである。


 仲良しの同僚は、まもなく、卒業退職論文を出し終えて、首都圏の職場に再就職するのだそうだ。出世である。


 非常に優秀な人である。


 ぼくは、そういう課題すら与えられてはいない。


 卒業退職は認められたが、その先は、ない。人生は、おしまいである。


 向こうの空には、不気味な帯状の巨大な雲が、天頂から地面にかけて、大蛇のごとくに何匹も激しくのたうっていて、ものすごい雷鳴が響いてきている。


 雨も、ぽつりぽつりと、落ちかけてきていた。


 『こりゃ、駅まで歩くのは、危険だな。避難するか、タクシー乗るかだな。』


 と、ぼくは言った。


 『きみ、退職論文をいつ出すって?』


 『来週に、最終提出なんだ。きみは?』


 『ぼくは、出す必要なしなんだ。退職したら、もう、おしまいだ。再就職は認められなかった。これで、人生は終わりだよ。終末だ。』


 『そうか。まあ、それも、気楽でいいな。』


 『ああ。そうだな。悩む必要ないもんな。』


 あとは、『安らぎセンター』に送られるだけだ。


 退職者を食料にする。


 人類は、食糧難であるから。


 それが、あたりまえだ。


 すると、タクシーがやってきた。


 ぼくは、手を上げた。


 するする、と、タクシーさんは止まった。


 『きみ、もう、この際いっしょに、自宅まで乗ってくかい?』


 と、ぼくは尋ねた。


 『ああ。そうしよう。半分出すから。』


 ぼくらは、タクシーに乗り込んだ。


 『あなたがた、うんがいいですな。こりゃ、大変だ。』


 タクシーの運転手さんは、景気よく、真っ暗な空に向かって、ぶっ飛び運転で走る。


 猛烈な嵐が来た。


 『わ、わ、わ、わ、早すぎい………』


 運転手さんは、おかまいなしに、ぶっ飛ばす。


 『危ないです❗』


  と、言ってる間に、タクシーは、人に接触してしまった。



 『あらあら。たいへんだ。』


 ぼくらは、運転手さんといっしょに車外に出て、嵐の中で、接触した人の様子を見に行ったのである。

 


     🐍☁️☁️🐍

 


 『ふう。また、やな、おぞましい、夢だな。』


 ぼくは、なまけものの、ぷよぷよくんを抱き締めた。


 まくらにも、背中クッションにも、足を上げるまくらにも、話し相手にもなる優れものである。



 不気味な夜だ。



 すると、誰かが、しきりに、呼び鈴を鳴らすのである。


 『ぶっ。ちょっとまて。いまどき誰が来る? うちに? あ、深夜宅配かな。』



 どうしようもなく、孤独なのだ。



 幽霊さんでも、話し相手に、訪ねてきてもらった方が、よいのかもしれない。


 しかし、最近は、戦争やら、災害やら、よのなか物騒である。


 油断ならぬ。


 ただし、都市部では、ちょっとお高いが、深夜宅配とか、深夜郵便とかもできている。


 親戚から、たまには、佃煮やお菓子などを送っていただくことがあるの以外は、ほとんど、レコードや本を通販する方が多い。


 深夜配達便は、配達料金がお高いが、留守問題があまりない。


 もちろん、問題点はある。


 防犯についてだ。


 深夜配達を騙るくせ者がある。


 しかし、逆に防犯になる面もあった。


 顔見知りになっておくのが、大切なポイントである。


 手数を思えば、必ずしも悪くは、なかったのだ。


 『はい。』


 インターホンからは、明るい声がした。


 『こんばんわあ☺️』


 あ、いつもの、元気なお兄さんだ。


 『ども。深夜配達便れす。』


 ぼくは、配達用の小窓を開けた。


 このアパートの売りである。 


 『いつも、ありがとう。』


 『へい。食品です。サインを。……ども。またあ。』


 お兄さんは、忙しく、去ってゆくのである。



 『なになに。『国民退職者組合』。ああ、なんか、記念品が来るとか言ってたなあ。』


 長年勤めた職場を、疲れきって退職したことは、事実であった。


 実際、使い捨てに近いのである。

 

 ただし、それは、先先週のことであるし、嵐はなかったし、『安らぎセンター』なんて、知らない。


 年金の手続きは、あす取りあえず銀行に行くことになっていた。


 代行してもらう話にしている。


 ぼくは、不信感なしに、荷物の中身を取り出した。


 『えと。なになに……この度は、退職、おめでとうございます。長い間、ご苦労様でした。これは、退職日のための、退職記念饅頭です。生物なので、二日以内にお召し上がりください。』


 『ああ。これが、そうか。あんこが、うまい、とは聞いたがなあ。』


 ぼくは、さっそく、お茶を淹れて、お饅頭をいただいた。


 しかし、間も無く、激痛が来た❗


 『あ、なんか、おなか、いたい。』



     🥮



   

国民退職組合事務局部長


 『局長、週刊【あねねも】、が、書き立ててます。消える退職者事件の背後には、エイリアンか⁉️ 退職饅頭に疑問の声。』


 

局長


 『ぶっ。これか?』



 局長は、退職饅頭を頬張っていた。



部長


 『ですね。』



局長


 『また、ふるい洒落を持ち出したのか?』



部長


 『まあ、そうみたいです。えいりあん。とか。ただし、結構、真面目に。』



局長


 『ほっとけ。ばからしい。誰も信じないさ。』



部長


 『でも、取材が来るでしょうな。』



局長


 『まだ、来てないんだろう?』



部長


 『そうです。』



局長


 『手抜きだなあ。』



部長


 『甘くみてはなりません。まず、記事にする。それから、じわじわ攻めてきます。』



局長


 『君の実力の見せ場だ。』



部長


 『ありがとうございます。では、雑誌は置いときます。』



局長


 『ああ。ありがとう。』



 部長出て行く。



 局長、ぐるっと、椅子を反対向けにして、どこかに、電話を掛ける。


 ガラスに写った姿は、眼と、鼻と、口の位置が、ひっくり返っている。



 『ああ。司令官。饅頭作戦は引き際ですな。あんこをナイフにして、人類を内部から引き裂いて、まるめてから空間誘拐して食料にするのは、奇抜でよかった。しかし、次は、もうちょい、優雅に行きましょう。せっかく、地球に来てるんだ。次は、鋭利な餡でなくて、もっと、営利な案にしましょう。もうからなくっちゃ。ね?』



      🧁→👛


 

 

 


 


 

 

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『鋭利な餡』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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