転生した同心は、異世界でもやはり同心だった。 --水野竜之進、ヴァルドタントに舞う--

中岡潤一郎

第一章 岡惚れ

第1話

「親分、そっちじゃない。こっちだよ、こっち」

「おい、やめろ。俺は、親分じゃねえ!」


 水野竜之進は、思わず怒鳴りつけた。


 どうして、こんなことになったのか。

 はじめて会った時、子分の話をしたのがまずかったか。妙に感動して、その後はどこへ行くにもついてくる。こまったものだ。


「俺は岡っ引きを取ったつもりはねえ」

「だけど、親分……」

「違うって言っているだろ。強いていうなら、旦那だ」

「どっちだっていいよ。おいらは、親分の行くところへついていく。だって、おいらがいないと、やっていけないんだもの」


 コボルトのオックは、走りながら器用に後ろを向いた。その顔には笑みがある。


 言い返そうとして、竜之進は口を噤んだ。


 このヴァルドタントに住むようになってから一年。毎日のように見廻りをしているが、いまだ町の全貌はつかめずにいる。特に東地区の奥は道が入り組んでいて、どうやってもたどり着けない一角がある。腹立たしいが、奴の助けは必要だ。


「早く、急いで」

「おい、こっちでいいのか。広場は、ハトス通りの先だろう」

「近道なんだよ。ほら、こっち!」


 オックにつづいて横道を抜けると、見なれた路地が視界に飛び込んできた。

 石造りの建物が左右にびっしり建ち並んでいる。

 三階建てで、壁の色は白、赤、黄とさまざまだ。どの家にも大きな窓があり、今はそのほとんどが開いている。


「どいた、どいた。ヴァルドタントの剣鬼がお通りだよ!」


 オックが声をあけると、声があがって、人だかりが割れた。人もそれ以外の者も、いっせいに道を譲って竜之進を見る。


 何が剣鬼だ。余計な二つ名をつけやがって。


「何をやっているんだ、おまえら!」


 竜之進が突っ込んでいくと、集団が二つに分かれてにらみあっていた。


 一方は人間族で、身長はおおむね竜之進よりも高く、腕は丸太のように太い。全員が茶の上着に薄い緑の洋袴ズボンという格好で、肩から薄茶の物入れをかけていた。


 もう一方の集団は、背が低く、全身、毛むくじゃらだった。髪も髭も伸び放題で、小熊のようだ。

 茶の上着を着て、黒の前掛けをしているところを見ると、職人であろう。見てくれが悪いので、侮りがちだが、余計なちょっかいを出すと、痛い目にあう。

 それがドワーフという種族だった。


 竜之進は視線に怯むことなく前に出て、声を張りあげた。


「ここは天下の往来だぞ。喧嘩なら、町の外でやれ!」

「何を言うか。手を出してきたのは、向こうだぞ」


 人間の男が一歩前に出て来た。髪は茶色で、瞳は青い。


「俺たちが広場に出てきたら、勝手にからんできたんだ。行き先をふさいで、文句をつけてきた。だから、こっちも言い返した。そうしたら、これよ」

「殴りかかって喧嘩か」

「悪いのは、あっちだ」

「何を言うか。我らの縄張りに勝手に踏みこみおって。広場の南はドワーフの仕切りじゃ」


 ドワーフの男が前に出てきた。茶の上着を着て、同じ色の帽子をかぶっている。


「とっとと出て行け」

「少しぐらいいだろう。北からイモが流れ込んで、売り先に困っているんだ。今日は亜人もいないから、大きな商いをしたいんだ」

「売れぬのは、商売が下手なだけだ。言い訳をするな」

「何を!」

「いい加減にしろ。大の大人がみっともない」


 竜之進は間に割って入ると、人間の男を見やった。


「おぬし、名前は」

「トシルバ」

「なら、トシルバ、喧嘩は終いだ。仲間とともに退け」

「なんだと」

「ここはドワーフの縄張りで、勝手に踏みこんだのは、おぬしたちだ。商いをやるなら、余所へ行け」


 この広場はヴァルドタントの東地区にあり、商いの場所は規則で細かく定められている。


 竜之進は境目をすべて把握しており、トシルバたちの荷があふれていることは、一目見ただけでわかった。


「貴様、人間族のくせに、ドワーフの味方をするのか」

「道理を曲げたのは、おぬしらよ。ドワーフが筋を通していなかったら、文句を言ったさ」

「生意気な。素性もわからぬ流れ者のくせに」


 トシルバは目を吊り上げた


「陛下から許されているのをいいことに、勝手に市中を見回り、余計な口をはさむとは。無礼がすぎよう」

「迷惑をかける馬鹿に、示す礼儀はないな」


 竜之進は、横目でうずくまる女性を見た。首には傷があり、血が服を赤黒く染めている。


 傍らに立つ子供は、泣きそうな目で倒れた女性を見ていた。

 母子は連れだって市場に来て、喧嘩に巻きこまれたのであろう。

 殴りあった連中がどうなろうが知ったことではないが、無関係な人々を害することは許されない。

 それは、江戸でもヴァルドタント同じだ。


「くそっ。こいつ……」


 トシルバが殴りかかってくるのを見て、竜之進は懐から十手を取りだした。すばやく懐に潜り込んで拳をかわすと、その首筋を殴りつける。


 強烈な十手の一撃で、トシルバは崩れ落ちた。白目を剥いたまま動かない。


「まだやるか。ヴァルドタント臨時廻り同心、水野竜之進。恥知らずの馬鹿とは、とことんまで戦うぜ」

「さすが、親分。この町の守護神!」


 オックがあおると、回りでわっと声があがった。町の者はこぞって竜之進を支援している。


 目立ってしまうのは何だが、事を収めるには都合がいい。


 男伊達は恥をかくのを嫌う。それは江戸でもここでも変わりあるまい。


「さあ、どうするね」


 竜之進が目を細めると、人もドワーフもそろって下がった。明らかにひるんでいる。

 勝負はついた。後は押し切るだけだ。

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