第8話 いい人止まり、ツンデレ幼馴染に罵倒される②
自殺が多発するのは、四月、五月、九月なのだそうだ。
理由は、年度初めとか、休み明けの憂鬱だと言われている。
が、それは統計上の話であって、十月下旬の金曜というこの休みでもなんでもない日にも、死のうとするやつがいないわけじゃない。
「アタシ、飛び降りるから……! 死んでやる……!」
クマの濃い目をした女子学生が、涙でまぶたを腫らしながら、叫んでいた。
郊外の街を一望する、私立高校の屋上。
危険防止の金網の先で、彼女のスカートが秋風に揺れる。
「早まるな!」
「バカな真似はよしなさい」
「らいむちゃん、戻ってきて!」
柵の内側では、先ほどから教師たちが声を上げていた。が、彼女は聞く耳を持とうとはしていない。
「死んじゃだめだ!」
そんな緊迫した場面に呼び出されたオレは、金網越しの同級生――橋丘らいむに懸命に訴えかけた。
「命を無駄にしちゃいけない! 話ならオレが聞くから!」
「イヤッ!」
ドデカいツインテールを背中に揺らして、らいむが首を振る。
「アタシが死んだのをリョウマくんに見せつけて、後悔させてやるの! それしかないの!」
「キミが死んだって、彼には届かない!」
「そんなことない! 友達に私の死体撮って送るようにお願いしたもん!」
「友達もトラウマになるからやめろ!」
「どうして止めるの⁉ 佐伯くんには関係ないでしょ!」
「関係なくても、オレはキミの死ぬ姿なんか見たくないんだ……!」
オレは声の限りに叫ぶ。
こんな悲劇を放置するわけにはいかない……
絶対に、助けるんだ……!
そのとき――
「死なせてあげたら?」
凍てついた金属のような、冷徹な声がした。
いつ上がって来ていたのか、振り返ると背後には灯里と、ついでに瑛一がいた。
「あんなに死にたいって言ってるんだから、行かせてあげたらいいじゃない」
灯里はサラリと言い放つ。
「お前、よくそんなことを……! 今がどんな状況かわかってんのか⁉」
「はい。あの子が飛び降りようとするのは今月で二回目。今年で言えば、十九回目。去年から言ったら、記念すべき四十回目です。間違いはないと思いますけど」
記録してんのかよ……
ふと周りを見渡すと、後ろに並ぶ教師たちも、まんべんなく死んだ目をしているのに気づいた。
もう、辟易としているのだ。
どんなに屋上を封鎖しようが、鍵を外して自殺を図る彼女に。
「どうせ死ぬ気ないんだから放っておいたらいいのに。純だけだよ、らいむに本気で構ってあげてんの」
「今回は本気かもしれないだろ!」
「そりゃ、万一まで考えれば、そうかもしれないけど……」
「とにかく、お願いだから飛び降りるのだけはやめてくれ……!」
オレはらいむに向かって懇願する。
が、彼女はブツブツと呪いの言葉を呟いたまま、帰ってこない。
後ろから、呆れたようなため息が聞こえた。
振り返ると、灯里が死の淵に佇むらいむに、気負いなく近づいていく。
「お、おい! そんなに不用意に近づいたら……!」
オレの制止も聞かず、灯里は柵の前へ。
そして、まるで朝の挨拶でも交わすように、自殺企図少女に声をかけた。
「今回はなんで死にたいの?」
「……リョウマくんのアクスタが当たらなかったから死ぬの」
少女がポツリと呟いた。
アクスタ……
アクリルスタンド……
リョウマくんとは、今をときめく男性アイドル声優で。
いわゆる、彼女の『推し』である。
灯里は振り返ると、そら見たことか、と表情だけで伝えてきた。
「そ、そういう理由で死ぬこともあるし、事故で落ちることもあるだろ! とにかく、危ないから早く戻ってこい!」
「……だってさ。純が怖がってるから。ほら、おいで」
灯里のセリフはまるで子供をあやすようだったが、少女は呆気なく頷き、飛び降り防止の柵をよじ登り始めた。
その動作の、慣れたこと……
彼女が柵を登り切り、ひょいと内側へ降り立つときには、普段はスカートの中に秘匿されているものがまくれて見えた。
今日は水色のショーツだった。
問題児の体が無事戻ったことを確認すると、先生たちはやれやれとぼやきながら解散していく。
灯里の言葉一つで解決するなら、オレが真っ先に呼ばれる理由ってなんだろう……
オレが自分の存在意義に疑問を覚えていると。
「飛び降りるの『だけ』はやめてくれ、ね……」
隣に来ていた灯里が、意味深に呟いた。
らいむの身柄は、すでに教師に引き渡されている。
「あ……? な、なんだよ……」
「まだ私のこと引きずってるの……?」
灯里は、オレと真正面から向き合う。
強い風が頬に吹き付ける。
「……引きずるって、なんのことだよ」
「いつまで私は被害者でいないといけないの?」
はぐらかそうとしても、彼女の真剣そのもので見つめてくる。
「いい加減、ちゃんと私を見てほしいんだけど」
そこに含まれた言外の意味をオレは知っている。
彼女もオレが知っていることを知っている。
申し訳ない気持ちに苛まれた。
そもそも、オレが『いい人』となったのは、灯里との一件に原因がある。
そのことを責められているのだ。
「いや……」
灯里のまっすぐな眼差しに、オレは白状するしかなかった。
「でも、これはもうオレの問題でもあるんだよ……だから……」
「そう」
灯里は、怒っているような悲しんでいるような曖昧な表情をすると、踵を返して屋上を去っていった。
「……今の、なんの話?」
隣の瑛一が、不可解そうに眉を寄せている。
「別に、大したことじゃねぇよ」
オレはただ、肩をすくめてみせた。
悪いが、親友にでも話したくないことなんだ。
「戻ろうぜ、瑛一」
「……うん」
オレは、まだなにか言いたげな瑛一を連れて、誰もいなくなった屋上を後にした。
――――――――――――――――――
次回、いい人止まり、ホームレスの揺れるケツを眺めます。
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