第二章 黒髪幼馴染美少女よ、頼むから怒らないでくれ

第7話 いい人止まり、ツンデレ幼馴染に罵倒される①


 ある日の休み時間。

 声を張るのも珍しい幼馴染の大声が、オレのクラスにこだました。


「ばっかじゃないのっ⁉」


 オレの机の前では、スレンダー美少女が鋭利な視線でオレを睨んでいた。


 彼女――白鹿灯里は、幼稚園から続く友人である。


 艷やかな黒髪と、きめ細かな肌、切れ長の瞳、圧倒的な頭身。小遣い稼ぎにモデルをやっているような、信じられない女だ。

 なぜかオレが選ぶ進学先に必ずいるという腐れ縁さえなければ、話せるような相手ではなかっただろう。


 そんな美貌の持ち主である彼女が、なぜ芋臭いオレなんかに怒っているかというと、ひとえに燐の話をしたせいだった。

 近頃、オレは公園通いが日課になっていた。


「……純が言ったことをもっかい繰り返すと」


 灯里がほっそりとした指を一本ずつ上げていく。

 

「ホームレスの女の子が? 白人で? 同い年で? 付き合ってくれって言ってきたって?」

「はい……」

「バカじゃないの? アンタ、自分がなに言ってるかわかってる?」


 念の為、オレは燐を事故で押し倒してしまったことや、寮の風呂に入れたことには触れていない。

 現在の彼女の形相から言って、それは好判断だったと言える。


「ここはGDP三位の日本の平和な郊外なの。スラム街じゃないの。しかもなに北欧系クォーターって。そんなのあるわけないでしょ!」

「んなこと言ったって、実際にあったんだからしょうがないだろ」

「はぁぁ……ぶん殴るよ?」

「なんでだよ! 理不尽だろ!」

「純、最近寮にいないからなにしてるのかなぁと思ったら、また変なことに首を突っ込んでるんだねぇ」


 聞き慣れた男の声が、後ろの席から聞こえてきた。


「ここ数日、いつも帰寮時間ギリギリなのは、そういうことかぁ」

「お、おい瑛一! お前、余計なことを……!」

 

 オレは、振り返ってそいつの口をふさごうとしたが……

 

「帰りが遅い……? 聞き捨てならない……」


 灯里のパッチリと大きな瞳に危険な光が灯る。

 

 オレは、チクった男――下園瑛一を恨みがましく睨みつけた。

 が、彼はどこ吹く風というように、甘いマスクにチュシャ猫みたいなニヤニヤ笑いを貼り付けているだけ。

 

 瑛一は高校からの短い付き合いだったが、恐らく親友っていうのはコイツのことなんだろうと思えるくらい波長の合う相手だ。

 ただ、毎年死ぬほどチョコをもらうことと、人の――特にオレの――不幸を喜ぶ一点ばかりは許しがたい……


「ってことはなに。付き合ってって言われて、純はオッケーしちゃったの?」


 灯里は、昭和の刑事のような迫力でオレに迫った。


「……おう」

「ッ――ばっかじゃないの⁉」


 再度の怒号に、クラス中が注目する。


「いや待てって」

「アンタさっき、その女臭かったって言ってたじゃない!」

「おう、すっげぇ臭かった」

「じゃあなんでオッケーすんのよ! 道理が通らないでしょ! え、なにアンタ実は匂いフェチだったの⁉ 臭ければ臭いほど興奮すんの⁉ きっも! 最悪!」

「ちょ、静かにしろって!」


 オレは慌てて灯里を止める。

 が、教室にいる奴らは「え、引くわ」とか「理解できない」とか、オレを見てコソコソと話し始めやがった。

 オレの評判が地に落ちる音がする……

 

「お前、なんでそんなに怒ってんだよ……」

「……だってその女、純を利用しようとしてるに決まってるし。絶対そうよ。くそ……そんなのに先越されるなんて……」


 親指の爪をかみ始め、ぶつぶつ呟き始める。

 なんかすごい怖い。


「いやつか、付き合うとかは方便っていうか……仮にだからな? 味方だと思ってもらわないと、なにも話してくれないだろ? ままごとみたいなもんだよ」

「じゃあ、やましいことはなにもないと」

「………………ない」

「その間はなに」

「楽しそうなとこに口挟んで申し訳ないんだけどさ」


 背後から、瑛一が体を乗り出して言った。


「それって純の幻覚なんじゃないの?」

「……は?」

「だって、いくらなんでも非現実的でしょ、未成年ホームレスって。本当にそんな子存在するの……?」


 思いの外真剣な親友の視線に、オレはちょっと狼狽えてしまう。


 確かに、今日までにあった出来事を振り返ってみても、現実感は一切なかった。

 燐本人を前にしていない現在、揺らいでしまう自分がいる。


 即答できないオレを尻目に、灯里と瑛一は哀れんだ顔を見合わせた。


「……じゃあ、今なにを聞かされてたの、私は」

「童貞の妄想」

「キッツ……」

「非モテの見た夢」

「涙が止まらないわね……」

「やめろ、やめてくれ……オレにちゃんと効いてる……」


 オーバーキルだ。立ち直れるかわからない。


「いたはずなんだ。本当にいたはず……」

「それ、いないフラグだよ、純」

「だからやめろって……」

「ま、実際見ればわかるわよ。妄想かどうか」

 

 灯里がよく手入れされた艷やかな髪をCMみたいに後ろに流しながら、宣告するように言った。


「私も今度一緒に行くから、その女のとこ」

「えっ⁉︎」


 オレは慌てた。


「え……えぇと、それはちょっとぉ……」

「なに」


 ガラスのように鋭利な視線を向ける灯里に、オレは言い淀む。


 直感が、灯里と燐は会わせちゃいけないと警鐘を鳴らしていた。

 特に燐みたいなタイプは、灯里の目にいれちゃいけない……


「い……いやほら。そもそもお前、忙しいだろ。予備校とか、バイトとか、モデルとか、文実もあるし。いつ時間あるんだよ」


 オレはなんとか理由をひねり出す。

 実際、母子二人暮らしで、自分で金も稼ぎつつ成績トップも維持している灯里は、この学校の誰よりも忙しい人間だった。


「まぁ……」


 灯里も渋々頷く。


「だろ? だから、お前が無理しなくてもいいんだよ。うまくやるって」


 オレは神妙に頷いてみせる。

 が、灯里は細い眉を寄せ、まだじーっとオレの目を覗き込んでいた。


 オレって、そんなに信用ないの……? ちょっとショックなんだが……


 彼女の無言の追求に耐えきれなくなったオレは、そろそろ自分のクラスに戻るよう言おうとする。


 そのときだった――

 廊下に続くドアから、女子生徒が血相を変えて飛び込んで来たのは。

 

「佐伯くん……! らいむちゃんがまた飛び降りようとしてる!」



――――――――――――――――――


次回、いい人止まり、地雷系ツインテール女子に振り回されます。

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