第44話

「いつもお世話になっております」

「いえいえ、柊君にはいろいろお手伝いしてもらったりしていますから、こちらこそ柊君にお世話になってばかりで」


 今日は以前から予定されていた三者面談の日だった。

 

 そのため、今日は蒼依先輩には先に帰ってもらった。何かあったら直ぐに私に言ってと言われたけれど、三者面談で何かあるなんて無いだろう。


 先生もお母さんもそこまで僕になんて興味ないだろうから。


「それでは、そちらの席にお座りください」


 先生に言われるまま、用意されていた席にお母さんと一緒に座る。


 対面には先生が座っていて、何かしらの資料を持っている。恐らくだけれど、僕の成績だろう。


 夜嘉に比べれば不甲斐ないしどうしようもない成績なので、母親である愛華さんには見せたくはない。


 だけれど、この時間が終わればもう僕のことなんて考えなくても良いから今日だけは我慢してもらいたい。迷惑をかけて申し訳ないけれど。


「今日お話ししたいことは、柊君ひいらぎくんの進路についてです」

「柊の進路についてですか?」

「はい」


 先生は先ほどまでの雰囲気を変えて、真剣な表情をしてそう愛華さんに声を掛けた。


「柊君、本人は大学へは行かずに就職を希望しているみたいなんですけれど、柊君の成績はかなりよくて、勿体ないなと私達教師は考えていまして」


 そう言って手に持っていた資料を愛華さんへと見せた。


 この学校に首席で合格した夜嘉には明らかに劣っている成績。特にすることも無い僕は勉強しかしていないのに、こんな成績しか取れていない。


「そ、そうなの柊?」

「はい。僕なんかが大学へ行ったところでお母さんやお父さんに迷惑をかけてしまいますし、僕にお金を使うのなら妹の夜嘉に使ってほしいなとそう思っていまして」


 と僕がそう話すと、愛華さんは目を丸くしてそれから泣きそうな顔をして僕の目を見た。


 愛華さんが何を思っているのかなんて分からない。何を考えているのかも分からない。だけれど、きっと今までの僕への対応的にきっとこれが正解なんだと僕は今でもそう思っている。


 あの冤罪事件が終わってから対応がかなり違くなったけれど、きっとこれで正解なんだと思う。


「だ、大丈夫よ。柊。お金なんて気にしなくてもいいし、柊が行きたい大学があるのなら私はそこに行ってほしいから。大丈夫なの、ごめんなさい、本当にごめんなさい」

「大丈夫ですよ。行きたい大学なんて....」


 ありませんからとそう言おうとしてふと、蒼依先輩の言葉が浮かんできた。


「私は、柊君がどんな道に進もうと応援しようと思っているけれど、私は柊君と同じ大学に行けたら嬉しいなってそう思うよ」

「僕と、蒼依先輩が同じ大学へ?」

「うん。私もあと半年もすればこの高校を卒業して、大学へと行くことになるからね。柊君のおかげで私は親に自分の気持ちを吐き出すことができたから、自分の道へ進むことができるようになった。でも.......叶うのなら私は柊君と一緒に大学生活を送りたいってそう思っている」


 前にそんなことを言われた。


 あの言葉が本当なのかも分からないけれど、蒼依先輩は仮にも僕の事を友達だと思ってくれるのなら本当なのかもしれない。


「ど、どうしたの柊。どこか行きたい大学あるの?」

「まぁ…少しだけですけれど。でも大丈夫です。迷惑はかけられませんので」

「だ、大丈夫よ。本当に気にしなくていいから」


 愛華さんが目から涙を零した。


 なんの涙なんだろう?僕がわがままを言ってしまったからだろうか。それとも不甲斐ない成績を取ったからだろうか。


 その真意が読めなくて頭の中が真っ白になってしまう。


「....柊君は、このまま頑張って行けば良い大学へと進める程の成績を持っていますので」


 とそこで先生が困った様子で声を掛けた。


 そこで愛華さんもはっと気づいて、顔を背けて涙を流しているのを隠した。カバンからハンカチを取り出して涙を拭いて、数十秒経った後に、先生の方へと顔を向けた。


「今日の所は一度、帰って柊と話をしてみます」

「分かりました。それでも柊君の意思が変わらなかった場合は私達からは柊君の選択を応援しますので」

「わかりました、ありがとうございます」


 お互いに頭を下げてから、席から立った。


 僕も同じようにして席を立ち、愛華さんの後ろについて行き教室のドア前まで来た。


「それでは、気を付けてお帰りください。今日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました」

「ありがとうございました」


 教師と別れて、教室を出た。


 愛華さんはこちらをチラチラとみて、何かを言おうと口を開けたり閉じたりとしている。


「え、えっと、ね。しゅ、柊」

「何でしょうか?」

「本当にお金のことは気にしないでいいから。大丈夫だから。柊の好きなようにしていいから」

「ですが....」

「本当にいいの。大丈夫だから」


 愛華さんはまた目を潤ませて苦しそうな顔をした。


 なんと声を掛ければいいのか分からない。僕からの心配なんてどうでも良いのだから、大丈夫なんて言うのも違うし。


 分からないな。


 最近、蒼依先輩や四宮さんと関わって少しくらいはマシになっているかもしれないなんて少しは考えたけれど全くもってそんなことなかった。


 蒼依先輩、四宮さんの笑顔がふと頭を過り、声が聞きたいなんて思ってしまった。僕なんかがそんなことを思ってはいけないのに。


 今は愛華さんと話をしないといけないのに。




 


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