第52話 墓は無い

「ん~~~」


 翌朝、日の出とともに目を覚ます。夜に一度目が覚めただけで、ゆっくり寝られたと思う。夏晴亮シァ・チンリァンが近くにいるユーを呼び寄せる。


「おはよう」

『クゥン』


 見渡すが、昨夜と変わった様子は無い。どうやら、何も起きなかったらしい。朝餉を済ませ、出発の準備をする。


「夏晴亮、調子はどうだ」

「平気です」

「よかった。そろそろ出発しよう」


 急げば今日中に東東山まで辿り着くことが出来るが、暗くなってからでは危険が伴うため、その手前でもう一夜越す予定になっている。


「馬たちも長く走ることに慣れてきた。都市が近い場所まで走らせて、明日に備えて早めに体を休めよう」


「はい」


 先頭を走るヂュ大将が軍を仕切る。彼は建国時から続く軍人の家系で、幼い頃から鍛錬してきた生粋の軍人だ。


朱卓凡ヂュ・ヂュオファンに任せれば、上手くいきそうだな」

「そうですね」


 一刻ごとに休憩を入れ、午後になって二つ目の国を抜けた。これであとは東東山を目指すだけとなった。


「陽が暮れる前に野営の準備をするぞ」


 馬を降り、各々が作業を始めた頃、急に雲行きが怪しくなった。薄暗い雲がごろごろと音を立てる。


「雨か? しばらく雨は降らないと聞いていたのに」

『わんッわんッ!』


 その時、雨が空に向かって強く吠え出した。


「阿雨が何か知らせています!」

「どうした……うわぁッ!」


 ビカァッ!!


 眩しい光とともに、一行を雷が襲った。


 激しい音と衝撃が体中を走り、地面に亀裂が入る。これをまともに受けたらひとたまりもない大きな雷だったが、幸いにも怪我人は出なかった。護符を見ると、黒ずみ、今にも崩れ落ちそうだ。


「護符が守ってくれたんだ」

「しかし、これではもう使えないな」


 他の者の護符も同様だ。それにしても、今の雷は不自然だった。いくらなんでも、いきなり現れた雲が狙ったかのように雷を落とすだろうか。


任深持レン・シェンチー様! 手紙の護符の光が移動しています!」


 見せられた手紙の上には東西南北が書かれた護符が。しかし、光は東の方向を指しておらず、ちょうど真ん中をぐるぐると回っていた。


「これはどういうことだ?」

「この近くに、李友望リィ・ヨウワンの体、つまり墓があるということかと……」

「東東山まではまだ距離があるぞ。墓だけ違う場所にあるのか?」


 馬宰相の眉間に皺が寄る。


「おかしいです。つい先ほどまでは東で合っていました。これでは、李友望の墓がいきなり移動したことになります」


 他の者も知らせを聞いてざわつきが広まる。朱大将が統率を図った。


「皆、ここで慌てていたらいけない。墓が移動したかどうかは分からずとも、この近くに相手がいることは確か。陣形を組み、任深持様と夏晴亮様をお守りするんだ」


「はッ!」


 術師たちが守りの結界を張ろうとしたその時、一人の術師が土から吹き出た矢によって左手を貫かれた。


「ぐぅぅぅ!」

「下だ!」

「下にも結界を!」


 残りの四人でどうにか結界を張り終えた瞬間、結界に向かって次々と矢が放たれた。


「どこだ!」


 大地を揺るがす地響きが聞こえる。呆然とする一行の前に、黒い鎧を纏った軍隊が現れた。


「超国の人間か!」

「いかにも」


 大将らしき者の後ろに一際立派な馬に乗る男が答えた。歳の頃は七十を超えていそうだ。彼が超国の皇帝だろうか。自ら姿を現すとは相当な自信か、何か事情があるのか。


 任深持が結界のぎりぎりまで前へ出る。


「私は才国第一皇子の任深持と申します。超国の皇帝とお見受けします。今日は話し合いに参りました」


 名を名乗ると、男が低く笑い声を上げた。


「ふはは! 笑わせるな、話し合いだと……? この超国皇帝李友望に」

「李友望!?」


 才国に動揺が走る。


「李友望は二百五十年前の人物ですが?」


 当然の疑問に李友望が両手を広げて答えた。


「我にはその力がある。お前の先祖は邪術だと私を見放したがな!」

「邪術!?」


 任深持の後ろに控えた馬宰相が呟く。


「どうやら、李友望は邪術を研究して追放されたようですね。それで才国を恨んでいると……それにしても、二百五十年生きながらえるとは恐ろしい法術です」


「なるほど」


 俄かに信じ難いが、目の前に証拠が立っているのだから信じるしかない。彼が李友望ということは護符の光が証明している。


──邪術は禁術だから、超国が独立した理由を記していなかったのか? 明確な理由があるなら、どこかに記録してあってもいいものだが。


「だから、才国と話し合うことはない。我の望みは才国が消えゆくこと。つまり、次期皇帝の貴様には死んでもらう」


「恨んでいるのは王族でしょう。才国の民に危害は加えないでください」

「断る」


 やはり、命を狙ってきた相手と話し合いは難しかった。こちらはすでに負傷者も出ている。争いは避けられないか。その時、朱大将が前に飛び出た。


「李友望皇帝、才国大将朱卓凡が申し上げます! 任春初代皇帝に責任は御座いません。全ては我が先祖四大武将の一人、朱源ヂュ・ユェンが企んだことに御座います」

「…………」


 李友望を覆う空気が変わる。才国軍は突然の告白に戸惑いながらも、構えを止めない。


「そのような戯言、誰が信じられるか」


「こちらに、貴方が書かれたお手紙が御座います。朱源は病の床に伏していた皇帝の身を案じ、自分自身の判断で皇帝の言葉だと貴方に伝えていたと、書物に残しております」


「朱源が……皇帝に伝えていなかっただと……!?」


 李友望だけではなく、超国側の軍隊の陣形が僅かに崩れる。朱大将が結界の外に一歩踏み出した。


「朱卓凡! それでは貴方の身が!」

馬牙風マァ・ヤーフォン、いいんだ」


 朱大将が馬から降り、地面に頭を擦り付ける。


「私の先祖が起こした罪、私が背負います。私の命を捧げます。ですからどうか、任深持様に手は出さないで頂きたい」


「朱卓凡!」

「結界から出ないでください!」


 李友望も馬を離れ、朱卓凡の前に立つ。二人以外はどう出たらいいのか、様子を窺うことしか出来ない。


 ふらりと足元が覚束なくなった李友望を超国の大将が支える。


「皇帝は知らなかった。だから許す……? そのようなことが出来るわけなかろう! 我の二百五十年間の苦しみはどうなる!!」

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