第29話 側室騒動

 翌日、正妃の知らせを受けた以上に後宮は大混乱に陥った。なにせ、正妃を連れてきたばかりの中、側室の存在まで知らされたからだ。さらにそれが、夏晴亮シァ・チンリァンだったことも要因の一つになっている。


「何故あの方は重要なことを前もって知らせてくださらないのかしら!」


 女官が後宮内を駆け巡る。昨日指示を出していた宮女が今度は側室になる。またしても大がかりな準備が必要である。


「亮亮。すぐに移動しちゃう?」

「いえ、私の都合が良い時に部屋を出ればいいと」

「さっすが、亮亮大好き皇子ね~」


 以前、夏晴亮が術師になるかならないかで騒いでいた馬星星マァ・シンシンは、今回は妙に落ち着いている。何故なら、これは彼女の予想の範囲内だったからだ。


「絶対、あの人なら亮亮を手に入れる何かを模索してると思ったわ。さすがに偽の正妃を立てるとは思わなかったけど」

「偽じゃなくて契約結婚です」

「そうそう、いちおう正当な婚姻なのよね。お相手の覚悟もすごい」


 元より事情を知っているため、馬星星にだけは本当のことを話していいとの許しが出た。彼女以外は正妃が正妃としてやってきたと思っている。


──あと知ってるのは馬宰相だけか。


 彼は契約結婚と知っていて、王美文ワン・メイウェンが自分のことを好いているということも知っている。もしかしたら、すでに心は違うところへ行っているくらいには思っているかもしれないが、それでも気まずさは残るだろう。


 いつかあの二人の気持ちが通じるといいが、そうなると第一皇子の正妃と宰相というもっと拗れたことになってしまう。そんなことが起こらないということを理解していないと決断出来ないことだ。


──つまり、王美文様はお墓まで気持ちを持っていく覚悟が出来ているんだ。まだ二十歳なのに。


 身分というものは厄介だ。しかし、全てを無くすには積み上げてきた歴史を叩き壊すしかない。無理なお伽話を妄想しても、皆が幸せな未来は来ないのだ。


「亮亮と同じ部屋もあと少しね。寂しくなる」

「私もです」


 そう、これからは宮女ではなく側室となるため、いつまでも宮女の部屋にはいられない。馬星星が夏晴亮を抱きしめる。


「ねえ、人がいない時は今まで通り「亮亮」って呼んでもいい?」

「もちろんです。私がどんなところにいたって、馬先輩はずっと私の大切な先輩です」

「うわぁぁん! ずっと私の大切な妹だからね!」


 そう言われると、夏晴亮も寂しさを実感する。気を抜くと泣いてしまいそうだ。


「さあ、荷物をまとめましょ」

「はい」


 二人で引っ越しの支度をしながら、思い出話に花を咲かせた。明日から会えなくなるわけではない。前向きに、笑っていこう。


「でも、ついに亮亮と別の部屋になるのね。寂しい」

「私の部屋ってどこになるんでしょう」

「それは任深持レン・シェンチー様の近くでしょう。さすがに正妃の隣とかではないだろうけど」


 宮女の部屋に比べて広く作られた部屋が後宮にはいくつか設けられている。側室を何人も持つことを想定してのことだが、このいくつかは使われないままになる。


 コンコン。


 扉が叩かれる。引っ越しの手伝いに来た宮女かと思ったら、任深持が立っていた。


「荷物を運ぶぞ」

「任深持様が?」

「悪いか」

「悪くないです。有難う御座います」


 ずかずか入ってくる第一皇子に馬星星が呆れた。


──全部自分がやりたいってこと? それとも、早く自分の傍に置きたいってこと? どっちにしても相当ね……。


 とりあえず、当人である夏晴亮が嫌がっていないのであれば、先輩として二人の行く末を祈るだけにしておこう。


 率先して荷物を持った任深持について歩き出す。どの部屋になるかも知らされていないので一緒についていくしかないのだが、やはりというか、第一皇子と側室が荷物運びをしている様子を他の宮女に見られて驚愕された。


「任深持様! お持ちします!」

「夏晴亮様も!」

「ええと、私は自分でやりますので」


「もう貴方は側妃なのよ! 威厳を持って!」

「は、はい!」


 そういえば、立場的には先輩宮女たちより上になったのだった。急に敬語を使われて焦ってしまう。

 宮女に荷物を預け、その横を歩く。背中を軽く叩かれた。


「姿勢も良くして。大丈夫、とても愛らしい顔立ちなのだから、あとは堂々としていればいいの。応援しているわ」

「はい。有難う御座います」


 ここではまだ新人の域を出ておらず、掃除をするのがやっとだったのに、こうしていつでも先輩たちは励ましてくれた。これからは側室として、第一皇子の恥とならないよう頑張ろう。


「正妃に虐められたら言うのよ。あと、そこの方にも」


 追加でこっそりとそう言われた。夏晴亮は何も言えず、無言で頷くに留まった。


──王美文様ってやっぱり高貴な出なんだ。私も見習って、貴族の立ち振る舞いをきちんと学ぼう。


「そうだ。夏晴亮に付く宮女だが、馬星星に決まった」

「そうなのですか!」

「そうなのですか!?」


 突然の知らせに驚いていたら、隣で馬星星が夏晴亮以上に驚いていた。

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