第14話 花束を貴方に
一人きりではない買い物を始終楽しんだ
「それだけでよかったの? まあ、申請すれば自由に王都にはまた行かれるけど」
「欲しいのが出来たらその時買おうと思います」
「堅実ね」
というより、単純にお金を使うことに慣れていないといった方が正しい。見知らぬ人間の手伝いをして、その日生きられるだけのものをもらうことが多かったので、娯楽品を買うなんて考えたことすらなかった。
だから、一か月分の給与も夏晴亮にとっては大金で、それをどうやって使えばいいのか分からなかった。
住み込みの仕事は衣食住の心配がなく、はっきり言ってもらった給与を必要以上に貯めずとも問題無いのだが、夏晴亮がその域に達するのはまだまだ先だろう。
買い物が好きだという
「お菓子も買ったから、あとで一緒に食べましょ」
「はい」
馬星星の引き出しはお菓子で溢れている。常に一週間分は常備していると言っていた。
お菓子というものは素晴らしい。夏晴亮は最近初めて食べたのだが、噛んだ瞬間甘味が口中に広がって、それだけで幸せいっぱいになった。普段食べる食事も十分美味しいのだが、それを上回る衝撃に思わず飛び跳ねてしまった。
「私も次回はお菓子を買ってみたいです」
「うん、良いと思う。私のおすすめ紹介するわね!」
部屋に戻り、買い物したものを仕舞う。馬星星は整理にまだかかりそうだ。午後の仕事に向け先に廊下へ出ると、いきなり花束を差し出された。
「美しい夏晴亮、貴方にこれを」
「え、と、有難う御座います」
渡された花束はコロンとした小さくて可愛らしいもので、押しつけがましくない謙虚さがある。よく見ると、たまに落ちている花、つまり買い物先の花屋で目にしたものと同じだった。偶然にしては出来過ぎている。この花が王都で流行っているのだろうか。
「失礼ですが、貴方は……」
「私は
そう言って、任明願は去っていった。あっという間の出来事に呆然とする。追いかけて、理由を聞くことも出来なかった。
とりあえず、傷む前に花を生けなくては。部屋に舞い戻ると、馬星星が目を丸くさせた。
「どうしたの、その花束」
「私にも何がなんだか。廊下で、任明願さんという方に頂いたのです」
「まあ、任明願!」
馬星星の反応に、彼が後宮にいていい人間で、悪い人間ではなさそうなことが分かった。
「いつも後宮にいらっしゃるのですか?」
「ううん、いつもじゃないけど、彼は第二皇子の専属のお付きだから」
「へぇ、あ、でも」
夏晴亮は気付いた、彼と第一皇子の名字が同じことに。
「うん。彼は皇子たちの遠縁。血は繋がってるけど、遠いから皇位継承権は無いみたい」
「なるほど」
だから、その縁で第二皇子に付いているということか。いろいろ納得は出来たが、彼に花束をもらう理由だけ今の説明では見当たらなかった。馬星星がにやにやする。
「いやぁね、そんなの亮亮に好意があるからでしょ」
「私に? 会ったこともないのに?」
それこそ理解出来ない。色恋沙汰に巻き込まれたことなどないので疎い自覚はあるが、初対面の相手を口説くなどあり得る話なのか。
「名前を知っていたんなら、向こうは初めてじゃないんでしょ。遠目で見て気になって調べたとか」
「うう、どうしよう」
夏晴亮は困ってしまった。
人から好意を持たれるのは悪いことではない。嬉しいことだと思う。しかし、こちらが何の感情も無ければ相手が望む結末はやってこない。悲しませてしまう。
「でも、間違いかも。他に事情があるとか」
「事情ねぇ。まあ、何も言われなかったのなら、それをもらって終わりでいいんじゃない? また会って口説かれたら、その時に考えればいいわよ」
「そうですね」
そうじゃないといいと思う。新しく用意してもらった過敏に花束を生ける。
「お揃いね~」
「もしかして、こっちのお花もあの人だったりするんでしょうか」
「そうかも。じゃあ、亮亮が宮女として採用されたばかりの頃からじゃない」
夏晴亮と馬星星が顔を見合わせる。任明願とは今日まで会ったことがないのに、最初から知られていたとは。どこで見かけたのだろう。
「
「なんで任深持様が出てくるのですか?」
夏晴亮が首を傾げる。馬星星が感慨深く頷いた。
「亮亮はこうでなくっちゃ。さ、仕事行きましょ」
「はい」
部屋で寝ていた雨が花束を嗅ぐ。
「阿雨も行こうね」
『くぅん』
一声だけ鳴いて、雨は夏晴亮とともに部屋を出た。
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