第13話 王都で買い物

 半刻後、宮女の服から私服に変わった夏晴亮シァ・チンリァンは、初めての姿に驚いていた。横で馬星星マァ・シンシンが満足気な顔で頷いている。


「私の目に狂いは無かったわ。貴族の令嬢って感じ」

「私、こんな格好するの初めてです」

「そうなの?」


 馬星星は夏晴亮の生い立ちを知らない。この顔面ならさぞかし出会った男を勘違いさせてきたのだろうと思っていたくらいだ。


「嬉しいです。素敵にしてくださって、有難う御座います」


 今着ている服も馬星星のものだ。夏晴亮が持っている服はぼろぼろの一着しかない。馬星星が夏晴亮の手を取る。


「よし、行きましょ」

「はい」


 外に出るには女官の許可がいる。二人で申請しに行くと、くれぐれも注意するようにと念を押された。


「私が田舎者だから心配してくださったのでしょうか」


 夏晴亮が不安になっていると、馬星星に頭を撫でられた。


「違うと思うけど、そうね。亮亮は世間を知らないところがあるから、私がしっかり付いて守るわね!」

「有難う御座います」


 先輩がいれば安心だ。二人は意気揚々と宮廷の大門を通り、王都へと繰り出した。


 王都は歩いたことがある。さ迷い歩き王都に辿り着いて、宮女募集の看板を目にしたことでこうして充実した生活を送ることが出来るようになった。あの日を思い出し、感慨深くなる。


 前回はお腹が空いてどうしようもなかったので、王都がどんなところまでかは見て回れなかった。しかし今回は違う。給与が入った袋を握り締める。


「亮亮は何を買うの?」

「あの、お恥ずかしいのですが、文字を読むのが苦手なので、子ども用の勉強道具を何か買おうかと」


 夏晴亮なりに、自分にとっては日常でも、何も教養が無いことが当たり前ではないことを理解している。視線を合わせられないでいると、横から明るい声が返ってきた。


「あら、勤勉ね。素敵。じゃあ、勉強関連のお店に寄りましょ」

「はい」


 ほっとした夏晴亮が馬星星に付いて歩き出した。


 それにしても、右を見ても左を見ても様々な店が並んでおり、これがどこまで続いているのだろうと感心する。それだけ需要があるのだ。王都だけで夏晴亮が想像する以上の人が住んでいるに違いない。


「可愛らしいお嬢さん方、髪留めはどうです」

「また今度」


 客引きを軽くあしらう先輩を夏晴亮が尊敬の眼差しで見つめる。彼女だけだったら、断れず何か買ってしまうかもしれない。馬星星が笑った。


「こんなの慣れよ」

「そうですか。勉強になります」


 夏晴亮にとっては、毎日起きること全てが勉強だ。王都にどんな店があるのか説明を受けていたら、目当ての店が見えた。


 中に入ると、本が連なり、その横には知育用の玩具なども置いてある。所狭しと並んだ商品に夏晴亮は瞳を輝かせた。


「すごいです」

「良い品があるといいね」

「はい」

「私は本探すから、ゆっくり見てて」


 馬星星と別れ、じっくり商品を一つ一つ見ていく。文字は小さくてもいいが、なるべく分かりやすいのがいい。


「似た漢字とか仕事で使う漢字も載ってるのがいいなぁ」


 そうなると、難易度で二種類買った方がいいかもしれない。夏晴亮が悩んでいたら、横からにゅうっと一冊の本が差し出された。


「これなんかどうかしら。基本の読み書きが出来るようになったらすんなり読めそう」


 どうやら、馬星星の方でも夏晴亮用の本を探してきてくれたらしい。応用編らしいが、表紙を見る限り宮女の仕事にも繋がりそうだ。


「宮廷のこととか、この国の歴史とかも簡単に書いてあるみたい。すぐ関わることは多くないけど、きっと役に立つと思う」

「有難う御座います」


 受け取ろうとすると、馬星星が片目を閉じて言った。


「馬先輩からのちょっとしたお祝いってことにして。ね?」

「あ、有難う御座います……!」


 会計しに行った馬星星の背中に改めて礼を言う。誰かに贈り物をされるなんて初めてだ。夏晴亮の頬が染まる。


 宮女になってからほんの数週間で沢山の出来事が起きた。それも嬉しいことばかり。良い先輩たちに恵まれて、自分は幸せ者だと思う。


「これにしよう」


 馬星星が戻ってくる間に、夏晴亮も自分で買う商品を決めた。幾らかの文字は読めるので、文字の書き方読み方を何度も練習できるものにした。


「決まった?」

「はい」


 購入後、馬星星から本を受け取り店を出る。なんだか気分が高揚する。勉強出来る日が来るとは思わなかった。しかも、自分の給与で購入して。帰ったらさっそく始めよう。


 帰り途中、ある花屋の前を通った。何とはなしに見ていると、たまに部屋の前に落ちている花と同じものがあった。


「ん?」


 花屋の前に誰かがいる。外衣を着ているが、裾から見える服は上等なものだ。きっと高貴な身分に違いない。花をじっと見ている。


「お花が見たいの?」

「いえ」


 花に興味があると思われて、寄ろうかと提案される。今のところ、花は部屋に飾られているので十分だ。ふるふる首を振る。花を見ていた男が二人に気付いたのか、慌てて去っていった。


 客の邪魔をしてしまったか。悪いことをした。それならここを早く離れよう。あとで戻ってくるかもしれない。夏晴亮は馬星星とともに、他の店へと移った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る