第9話 共同生活
聞く限りでは、
「いつまでという期限はないですが、もし負担になることがあったらおっしゃってください」
「大丈夫です。こんなに大人しいし。ね、阿雨?」
「くぅん」
雨が夏晴亮の手に擦り寄る。それに馬宰相が目を瞠った。
「時に夏晴亮、毒見師としてお伺いしたいのですが」
「はい、なんでしょう」
「この一週間で食事に毒が入っていたのは何回でしょうか」
「ええと……」
夏晴亮が指を折って数えていく。薬指が折られたところで止まる。
「四回です」
「なるほど」
馬宰相が腕を組んで黙った。夏晴亮が不安気に見上げる。
「もしかして、多いですか」
「ええ……異常です。以前も入っていたことはありましたが、せいぜい月に数回あるかどうかでした」
「そんな」
事実を知らされ、口元に手を当てる。美味しく食べて、毒が入っていたら報告する。簡単な仕事だと思っていたが、ここに来てようやく重大な殺意が任深持を包んでいることを思い知った。
「教えて頂き恐縮です。今後の参考にします」
「え、軽い感じですけど、大丈夫ですか」
「ええ、多分」
「多分!」
第一皇子を殺害しようとしている厄介な輩が宮廷内に存在しているというのに、馬宰相は落ち着いていた。日常業務の報告を受けている顔をしている。
「それではこのあたりで失礼します。五月蠅い従兄妹が帰ってきたら大変なので」
「あの」
「貴方が必要な時は、また参りますので。では」
爽やかに帰られてしまい、部屋に残された夏晴亮は立ち尽くすしかなかった。
「くぅん」
「あ、ごめんね」
放っておいたことを謝る。たいして気にしていないのか、雨は軽く尻尾を振るのみだった。
「秘密のわんちゃん。今日からよろしくね」
「わんッ」
夏晴亮が雨の背中を一撫でし、しゃがみ込んで言う。
「これから一緒に住むから、自己紹介しようか」
「わん」
雨が大人しくおすわりをして聞く体制に入る。こちらの言うことをしっかり理解している態度に夏晴亮は驚いた。
「すごいわ、さすがはあやかしのわんちゃん」
立ち上がり、雨に恭しく拱手した。
「改めまして、私は夏晴亮。この後宮で宮女をしているの。まだ半人前だけど、一生懸命頑張るから、雨も私にしてほしいことがあったら言ってね」
「わんッ」
雨の両前足を握りしめ、握手する。ふわふわした感触は温かく、あやかしだと知った今でもまるで本物の犬と錯覚する程だ。
「あの、ちょっと抱き着いてもいいですか!」
我慢出来ずお願いしてみると、雨は返事の代わりにその体を夏晴亮にすり寄せた。嬉しくなって、両手を広げて雨に飛び込んだ。
「うわぁ!」
想像以上に柔らかくて、真綿の布団に包まれているようだった。このまま眠ったらどんなに気持ちが良いだろう。
「阿雨は可愛くて賢くてふわふわで、素敵ね」
「くぅん」
雨が満更でもない声で鳴くので笑ってしまった。偶然出会った一人と一匹だけれども、この分なら上手くやっていかれそうだ。
「そうだ、お散歩に行かない? 後宮内はまだ知らないでしょ?」
そう提案すると、雨が元気よく立ち上がった。しっぽがぶんぶん揺れている。
「よし、出発」
扉を開けて廊下に出る。そっと辺りを窺うが人気は無い。今日の掃除の時間は終わっているので、皆休憩か違う場所で業務をしているのだろう。
「ここは広くて迷っちゃうから、ゆっくり見て回って覚えようね」
宮女になって数日は毎回迷って自室に帰れなかったことを思い出す。人に聞こうにも都合よく誰かに会えるとも限らず、無意味に掃除を長くしていたものだ。
食事場や謁見の間など説明していき、最後に第一皇子の部屋を説明して部屋に戻った。途中会ったのは宮女二人だけで、彼女たちに雨は視えていないようだった。
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