第15話 恐怖からの

 震えているエレナさんの元へ急ぐ。

 肩を抱きながら。


「エレナさん。大丈夫だよ。もう男は捕まえたから」


「う、うん」


「恐かった?」


「誰かが魔法で殺されると思った。私のせいで……。恐かった……」


 自分より、他人の心配か。

 いや、自分のせいで他人が刺されることへの恐怖か。

 自分のしてきたことを後悔しているんだろうか。


「そっか。でも……エレナさんが無事でよかった」


「亮!」


 ガバッと抱きついてきた。

 あぁ。

 これはまずいぞ。


 ここにはお客様が沢山いる。

 そんな中で下の名前で抱きついたりなんかしたら、お客様に誤解される。

 誤…………解……?


 エレナさんは俺を気に入ってくれているのは事実だし。

 恋人関係ではないけど。

 誤解とも違う気もする。


「落ち着いて。大丈夫ですよ。もうすぐ警察が来ます」


「おまえもそそのかされたんじゃなかったのか!? 違うのか!? 嘘ついたのかぁ!?」


 たしかに俺はそそのかされた。

 事実を混ぜた嘘をついた。

 俺がエレナさんを好きだったかのように。


 俺は、まだ好きという程ではない。

 好かれているとか思うが。


「黙れ!」


 暴れだしたので蓮さんに取り押さえられる。

 蓮さん、やり過ぎ。

 鼻血出てるじゃないですか。


 ゆっくりと歩いていき。

 その男の前でしゃがんだ。

 鼻にティッシュを詰めてあげる。


「なぁ。大切な人って、守るもの……じゃないですかね? 好きな人を……傷つけて……どんな気持ちになるんですかね?」


「うわぁぁぁぁ」


 突然泣き出してしまった。

 俺は、大切な人を守るためにこの職業についた。

 この男のやっていることと真逆だ。


 だから、俺には納得ができなかった。

 なんで傷つけるのか。

 自分がその女性に溺れたら。


 溺れた自分が悪いんじゃないのか?

 溺れないように泳いであげないと大切な人は気分良くないだろう。

 勝手に自分が落ちていったんだろう?


 放っておいてエレナさんの元へ行く。

 まだ震えてる。

 優しく肩を抱き寄せて、抱きしめる。


 しばらくすると。


「警察です! 暴漢の確保有難う御座います!」


「連絡したイージスの後藤です。宜しくお願いします」


「はい! 身柄を引き受けました!」


 男は。

 涙を流しながら連行されていった。


 あの男のためには良かったのかもしれない。

 少し話したら自分の愚かさを悟ったのだろう。

 反省しているようであった。


 ただ、また出所してきたらどうなるか分からないが。


「よし。エレナさんも今日は帰りましょうか」


「ぅん」


 エレナさんの弱々しい姿は何だか小さく見えて。

 いつもの華やかな姿とは雲泥の差で。

 少し気の毒になってしまった。


 車を移動し、発進させる。

 ずっと俺の腕にすがりついて震えていた。

 このまま部屋に置いていって大丈夫なのだろうか。


「ねぇ……りょー」


「うん? どうしました?」


「きょう。一緒に居てくれない? 一日だけでいい……お金も払うから。休日出勤になるの? それなら、その分のお金払うから……」


 挙動不審とはこの事だろう。

 俺をチラチラ見ながら。

 周りを確認しながら。


 明らかに精神的に参っている。

 このまま放ってはおけない。


「よしさん、俺、明日休み貰えますか? それで、エレナさんとの契約は今日までにしてもらって」


「それでいいのかい?」


「はい。放っておけません」


「うん。護さんには伝えておくよ。じゃあ、このまま置いていっていいのかな?」


「はい」


 高層マンションに着いた。

 念の為周囲を警戒する。

 郵便受けにまたフードの男。


 コイツ……。

 今は構ってる暇はない。


 専用のエレベーターから五十二階に上がる。

 このエレベーターには鍵がないと乗れない。

 扉が開くと。


 一緒に部屋のドアを開けて中に入る。

 この前見てたので驚かないが。

 下着が散乱している。


 震えながらベッドに向かうようだ。

 羽毛布団を被って寝る。


「ねぇ……」


 そういうと布団から手を出してきた。


「どうした?」


「手……握ってて欲しい」


「あぁ」


 手を握る。

 人の手を握るなんて何年ぶりだろうか。

 灯は……何回も手を握った覚えがある。


 怖がりで。

 いつもなにかに脅えていた。

 その度に、俺は自分を大きく見せた。


 そしていつの日か。

 俺は天下を取るといい出ていった。

 天下はとったが。

 大切な人を失った。


「……ん?」


 気付いたら昼を過ぎていた。

 手を握ったまま寝ちまったみたいだ。

 柔らかい手だな。


 ニギニギしていると。


「んんー?………………えっ!? 亮!?」


「はっ!? 覚えてないの?」


 少しの硬直を経て。

 思い出したようだ。


「あぁ。そうだった! あはは! 泊まってくれたんだったね!」


「あぁ。脅えてたから。放っておけなかった……」


「……それは……ごめん」


「いや、エレナさんが謝ることじゃ────」


「恵美だよ」


「えっ?」


「名前、恵美だって言ったでしょ?」


「あぁ。そうだったな。恵美さんが謝ることじゃないよ」


「恵美でいいよ」


「うーん。それは、なかなか難しい」


「なんでぇ!?」


「いや、別に恋人関係ではないし……」


「なってもいいよ?」


「いやいやいや。それはまずいでしょ……」


「むーーー。じゃあ、デートからにしよっか! まだ昼過ぎだし、明日も休みなんでしょ?」


「そうだけど……」


 魅力的な笑顔に中々断りきれない。

 夜の女と付き合うとか。

 めっちゃイージスの皆にからかわれそう。


「じゃあ、決まりね! どっかでお昼食べよ? その前にシャワー浴びなきゃ! 一緒に入る?」


「入らないよ」


「堅いなぁ。じゃあ、入ってくるねぇ」


 その辺に服を脱ぎながらシャワーを浴びに行った。

 この先どうなるんだ?

 振り回される未来が見える……。

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