第60話 シロッコの行く先
時間は遡り、午前六時都内某所にて麗那は公安を名乗る人物と接触していた。ベッドから起き上がる形で、麗那はその人物と話をしていた。
「私は元JSSなのでこっちの情報にも詳しいんです」
「そうですか」
「関西大戦以後にJSSから警視庁公安部に異動したのです。公安でもシロッコは対象の一人ですから」
「それで情報を渡すようにと」
「いいえ、JSSで掴んだ情報はこちらにもありますので」
「それでは一体?」
「そうですね」
言いたくないようなことを言う瞬間であった。
「シロッコを排除してほしいと言ったら」
「うちは殺し屋じゃありませんよ」
李凪のようにすぐさまに浅く返答した。こういったことを口にすることが麗那は珍しかった。相手は顔色一つ変わらない。揺動は意味をなさない。
「我々では法の下でしか動けませんから」
「微妙ね」
「微妙でしょ。私も異動して気づきましたよ」
既に上の許諾は得ているのであろう。それでもこちらに来るというのは、巻き込まれる当該人物に入っているからである。シロッコは逮捕ではなく暗殺を計画していた。だが、それは公安では行えないものであった。
「JSSは対象の殺害を認めている。それを逆手に取った方法ですか」
「そういうわけじゃないよ」
「断ったら?」
「別に何も起きません。関西の二の前になる可能性が増幅するだけですね」
麗那は眉をひそめた。何か引き込もうとする裏のある物言いであった。
「関西で戦ったんですか?」
「一応ね。同じ年の人はもう私だけかな」
その話はまた後程というかのように流すように退けつつ、公安を名乗る女性はトランクケースからペン型の細長い機器を取り出した。部屋の隅に立てかけてあったパイプ椅子に広げて、壁をスクリーン代わりにして映し出した。
映し出された内容はJSSでも知り得ていないものが並んでいた。公安が持っている情報の一部であろう。
「これは」
「シロッコという人物の詳細です」
シロッコとはJSSや公安などで使われていた名称であり、本来はユリ・フォレストと呼ばれる人物であった。二二四一年ヒューストン生まれで身長一八六センチメートル、体重八十九キロの男性であった。
日本へ入国は全て偽装パスポート等を用いていた。最初に確認されたのは二二八六年の二月に大阪・新世界で防犯カメラにて確認されている。この時は密入国と考えられるが、それ以降の三回は全て空港から偽装パスポートを用いて入国していることが確認されていた。
使われたパスポートは名簿業者から得たものと考えられ、その時々で国籍も氏名も変更されている。入国審査で引っかからない理由は協力者がいるとされているが、その人物は捕まっていない。
関西大戦ではJSSを最も殺害した敵兵とされている程、危険視されているが実際はシロッコ単体ではそれほど危険ではないという考え方もされている。
国際的にシロッコを指名手配している国は日本のみである。その為基本的にシロッコは海外に潜伏している。傭兵としての依頼が来た時のみ来日し、日本から脱出するときに協力者を用いて海外へ逃亡している。
またシロッコは幾つかの名前を持ち、海外を転々としているが、他国で指名手配されない理由にはその国々の利害関係が大きく影響していた。
「我々には敵でも東南アジアでは英雄。アメリカの南部によっては利害関係で中立。完全な敵対は日本だけね」
「そうです。次の戦場は日本です」
「都内ですか?」
「雇用主はジン・マオ。中国系のユーロの人間です」
「ユニオン」
「厳密にはユナイトの末席」
ユナイトという組織は、ユニオンという連合組織をまとめる白人至上主義団体であるというくらいの情報を麗那は知っていた。話は少しずつ頭の中で繋がっていった。
「過去に中国の企業で日本の土地を買いあさっていた所があったわね。目的は価格の不当操作によって利益を得るといった手法ね」
「そう。結果的に公安によって表向きは外為法で逮捕する予定でしたが」
「失敗した」
「理由は覚えています?」
「殺害されたことになっていましたよね」
「そうです」
ジン・マオは国外逃亡するとされていたが、それを阻止するかの様に殺害されたという情報が流れてきた。殺害した犯人は不明のまま捜査も打ち切られ、死体はジン・マオと一致した為そのままになっていた。
「死んだと偽装された。焼いたときの死体は別人」
「少し前に公安で埋めた所に確認したのですが消えています。協力者が持ち去った可能性あります」
「今度の目的はまた破壊ね」
「破壊して町が再び作られる。そこで利権を得る為に今回の攻撃を行うわけです。邪魔になるJSS等の防衛軍隊もついでに破壊する。戦えなくなる状態にさせることで敗戦とし、第二次計画を発動。ユニオンの主権によって新たな傀儡政府を誕生させる。その管轄権をジン・マオが手に入れるつもりです」
「過去にもユニオンの支配下に置かれた地域が幾つか。それらは現在も表向きは借用地だけど、内情はただのユニオン統治下の決められた都合のいい世界」
麗那が下を向いたふりをして、布団の下に目線を動かしたことに相手は気づいていたが、特に何も言ってこない。麗那自身も気づいているが、言ってこないことに違和感があった。
布団の下に隠した端末で相手の情報を調べていた。経歴はまだ残っていた。相手の言う通り過去に関西にいる経歴はあった。梅田支部四課所属がJSSにおける最終経歴であった。その後は特に何も書かれていない。
ただの公安と捉えるべきか、あるいはそれは表向きか。麗那の判断は大きく迷っていたが、一つだけ言えることがあった。階級は自分の方が上であったという事実であった。
今現在、麗那に対しての話し方から考えれば完全にJSS時代が抜けたわけではない。階級は外の人間が思っているより影響する部分がまだ残っていた。
「シロッコは今仙台にいますが、桜ノ宮さんの部下の方が接触していますよね」
ペン形の映写機からバーの店内が映し出された。カウンターにはシロッコの左に李凪が映っている。シロッコは李凪に何か話しかけているが、李凪はシロッコの方向に一度も振り向く動きはない。それから名刺を置いていくとシロッコは店内から出ていった。
「ここのバーはイグナイトの管轄なんです。一応公安がバーテンダーとして潜入していた所にそちらの戦闘員二人が入ってきたという所です」
「確かに潜入させたわ」
麗那もこの事実は知っていた。主導した人間としては公安と敵対する意思で行ったつもりはなかった。それは伝えなければならないが、信じるかどうかは相手次第であった。
「我々の目的はこのカメラの見えない所にいるイグナイトと鉄拳会の取引です」
邪魔をしたことを咎めるわけではない。ただ相手は淡々と話していく。
「今度そちらにイグナイトが襲撃する計画に関わると」
「それで」
「鉄拳会はJSSから奪った兵器を貰う代わりにシロッコを逃がす手筈を整えています。それを阻止することにご協力を」
面と向かって口にしないが、李凪が邪魔であるという意思はそのままあった。シロッコと接触した目的はJSSにもあったが、それはわざと口にしなかった。聞かれれば必要なことと答えるのみであった。
「どうせ有無は聞かないでしょ」
意思は同じではない。麗那は回答を拒否するように答えた。再び眉間にしわが寄り、睨むように目を細める。
それを必ずしも守れる保証はなかった。まるで風をつかむようなことを行うからであった為、麗那はあくまで曖昧でいた。
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