第11話 騎士団長帰還前夜
家に帰ってきたカノは修道服姿の少女を見て目を見張った。
「ド、ドン。闇ギルドのドンらしく、早くも女の子を囲うことにしたのですか……」
「いやいや断じて違う! 俺に用があるというから連れてきただけだ! それと、無口な子だから困ってたところなんだよ」
ニーナと名乗る齢十三歳の少女は怯えるような目つきで俺とカノを交互にみていた。漆黒の大きな瞳、背中まで伸びた長い黒髪。美しい顔立ちをした少女だが、天真爛漫な人生を送っているようにはとても見えなかった。
「ニーナ、黙っていたら埒が開かない。どうして修道服を着る君がこんな街にいるのか教えてくれないか?」
ニーナは言葉少なく、異端スキルが発現してしまい修道院で暮らせなくなったと言った。スキルが発現したその夜、王都中心にある修道院を抜け出し、何日も彷徨い歩いてこの街に辿り着いたのだという。
「レ、レオンさんをみた時、守ってもらえると思った」
やはり、予想していた通りだ。王の威光という能力が解放されて、どうも今の俺は異端者を引き寄せてしまう状態にあるらしい。
「で、セシルが明日帰還するとはどういう意味だ? セシル率いる第一聖騎士団は遠く離れたオルレアン伯領に遠征中。余程のことがない限り、こんな早期の帰還は考えられない。あと王の庇護とはなんのことだ?」
俺の問いかけにニーナは俯いてしまった。
カノはニーナの前にお茶を置く。「ドン、色々あって疲れているのですよ。ニーナちゃん、長く歩いて大変だったでしょう。ここには元聖騎士のドンがいるから安心ですよ。お茶でも飲んでリラックスしてください」
ニーナはコクっと頷いてからお茶を啜った。まぁ確かに異端スキルが発現してからのこの数日は物静かな少女にとって大変な冒険だったに違いない。
人のスキルに目がないサニはさっきからずっとウズウズしていたらしい。サニは目を輝かせながらニーナに言った。
「それでニーナお姉ちゃんの異端スキルは? どんなスキルを持ってるの? 教えて欲しい!」
サニの問いかけにニーナは再び俯いてしまった。
そしてしばらく黙り込んでから、袖をめくった。「どうか、怖がらないでほしい」
ニーナの真っ白な腕に刻まれた異端スキル名を前にして、室内には二つのリアクションが生まれた。
「なんかすごいスキル名! ドン、ニーナちゃんをミチーノファミリーに是非スカウトしましょう!」そう声を上げるカノと、「うわぁかっこいいなぁ」と一層目を輝かすサニ。
反対に俺はただただ絶句するしかない。脳裏には騎士団訓練学校時代に受けた講義の内容、そして近年続く論争が走馬灯のように駆け巡っていた。
セシルに聖女スキルが発現してからというもの、神学界ではとある議論が繰り返しなされてきた。
過去の歴史における聖女の役割は明白だ。その時代時代において聖女は常に魔王を打ち払い、人々を異端者や魔物の脅威から守ってきた。
言い換えれば聖女と魔王は常に同時代に出現するということ。だからこの度の聖女セシルの誕生も、魔王の復活を暗示しているのではないかというのが論争の骨子だ。
セシルに聖女スキルが発現してから三年半。いまだに魔王の復活は確認されていないが、今、俺の眼前にその確かな兆候がある。
そう、ニーナに発現したスキル名は「魔王の器」
闇ギルドのドンとしてやっていくと覚悟は決めたとはいえ流石に元聖騎士の俺は考え込まざるを得ない。聖騎士団にこのままつきだしたほうが世のため人のためになるんじゃないかと。
一人頭をフル回転させる俺をよそにカノとサニはすっかりファミリーに入れる気のようで、俺への忠誠の誓い方をニーナにレクチャーしている。
「いやいやこのまま捕縛して異端審問送りにするのがベストだと思うぞ。このレベルの異端者を担当するのはセシル聖騎士団団長。結果、死罪は免れないが、セシルが執り行う異端審問は慈愛に満ちているから安心しろ」
そんな言葉が喉まで出かけたが、不安げな表情のニーナの前ではとても口にすることができない。
ニーナは忠誠を誓うことに決めたようで、膝をつき、助けを求めるような目で俺を見上げた。
「私、ニーナ・ナイトスカイはドン・ミチーノことレオン・シュタイン様に忠誠を誓います」
今にも泣き出しそうな声で忠誠を誓うニーナを見ていたら、すでに選択肢は無くなっていた。
「わかったニーナ。君を我々、ミチーノファミリーに受け入れよう」
右手を差し出すと、ニーナは俺の手の甲に口づけをした。
その瞬間、ニーナの頭上に浮かぶ古代文字を包む靄が晴れていく。
ニーナ・ナイトスカイ
種族:人
異端スキル: 魔王の器
サブスキル:未解放
隠れスキル:魔界解放 死霊召喚
忠誠心:80
鑑定はしたものの、忠誠心以外は理解不能だ。魔王の器はもちろん、隠れスキルの魔界解放や死霊召喚がどんな能力なのかも想像もつかなく、ただただ異端審問の結果は死罪っぽいという印象しかない。まぁ一緒に暮らしているうちにだんだんとわかってくることだろう。
ちなみに忠誠心80の後には例のごとく王命で可能なことが書かれているが、俺は意識から除外した。こんな小さな子とそんなことできるわけないだろと、自分の異端スキルを一喝したい気分ですらある。
「とにかくファミリーが四人になったからには、明日からより一層稼がないとな。カノ、明日のクエストはなにかあるか?」
「なんと王都中心街の方からの依頼を受注しましたよ。しかも報酬は銀貨一枚です」
その言葉に期待が膨らむ。「それで依頼内容は?」
「なんと、なんと、高級飼い猫探しです!」
「ってまた猫探しか……なんかもっと俺の剣の技術が生かせるような仕事はないのかよ」
「そう、文句を言わないでください。王都中心街からの依頼なんて珍しいんですよ。私は薬の配達、サニも別の猫探しの仕事があるので、この依頼はドンとニーナちゃんにお任せして大丈夫ですか? 今日の猫探しもうまくいったし、ドンは王都中心街に詳しいでしょう?」
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