妖魔の宴 警視庁妖魔局陰陽課

Ruqu Shimosaka

プロローグ−1

 過去の日本では、暦や天文を陰陽寮おんようりょうが司っていた。現代でも有名な陰陽師である安倍晴明は暦や天文を調べるだけでなく、妖魔ようまの討伐をしていたと言う。日本から陰陽寮という存在がなくなっても妖魔は消えることはない。

 陰陽寮の無くなった、現代の日本は、世界中からの往来が増えたことで、今まで日本には居なかった妖魔が国内に入り込み問題を起こした。日本政府は妖魔に対する対策を取るために警察に部署を作る事を決めた。

 そして出来上がったのが警視庁妖魔局陰陽課けいしちょうようまきょくおんみょうか。妖魔の被害から市民を守るのが陰陽課おんみょうかの仕事だ。


「通報があったのは、ここか」


 東京都港区某所、昼ならオフィス街なので人通りが多いが、今は深夜でオフィス街には人は見当たらない。そんな場所に制服を着た警察官二人は、ビルの管理会社から通報があり、現場へと駆けつけた。警察官の前にはオフィス街に似合わない木があり、二人が木の前に立つと、会話を始めた。


かすみさん。ビルの前の道路に急に木が生えてきたって、これ警察の仕事ですか?」

「ああ。警察の仕事よ。警察入ってまだ陰陽課の仕事に出会ったことないのか?」

「ありませんけど、木が陰陽課の仕事なんですか?」

「そうよ。連絡入れっぞ」


 霞と呼ばれた警察官は百七十センチを超えており、少し太った体型で、口には棒突きの飴を咥えている。霞は警察本部へと連絡を入れ、陰陽課の派遣を願う。一緒に現場まで来た警察官は「間違いだったら怒られませんか?」と霞に質問しているが、霞は気にした様子もなく「大丈夫大丈夫」とだけ繰り返している。


「しかしビルの目の前に木が生えてくるって邪魔ですね」

「だからビルの管理会社が通報したんだろな。ビルの敷地内だったら切ったんだろが、敷地の外だったから運が良かったな」

「運が良いですか?」

「陰陽課が来れば分かる」

「……はい」


 喋りながらも霞は木から目を離さない、木に注意しているのが分かる。そんな霞の近くに一台の覆面パトカーが近づいてくる。中から降りてきたのは男と女で、どちらも制服は着ておらずスーツ姿だ。二人は霞へと近づくと声をかけた。


「霞さん」

「おう。久しぶりだな、大狼おおがみ狐塚きつねづか

「お久しぶりです。飴似合いませんね」

「俺も好きで飴を舐めている訳じゃない、仕方ないだろ」


 大狼おおがみと呼ばれた男は二十八歳で百八十センチ近い身長で、鍛えている様子だが脂肪が少ないのか体の輪郭が綺麗だ。黒髪を短めに切っておりスーツを着ているのもあって、清潔感のある大人の男という感じだ。

 もう一人の狐塚きつねづかと呼ばれた女性は二十三歳で、女性としては少し身長が高く百六十センチを超えているようだ。男と同じように黒髪だが、男とは違いかなりの長髪で、伸ばせば腰近くまで髪があるが、今は邪魔なので髪を結い上げている。


「応援に呼んだのは、港区の警察署の陰陽課だったんだが、本庁の二人が来たのか」

「偶然近くに居たのもあって代わりに来ました。警察署の陰陽課は人数が少ないですからね」

「陰陽課は簡単に人数が増やせないから仕方ないな」


 かすみ大狼おおがみ狐塚きつねづかは知り合いのようで、久しぶりの再会を喜び少し話をしたところで、大狼が呼ばれた理由を霞に聞く。


「霞さん、それで妖魔はこの挿し木ですね」

「そうだ。通報者から急に木が生えてきたって連絡があった。急に生えたんじゃなくて、現れたが正解だとは思うがな。それじゃ後は任せる」


 霞はその場を大狼おおがみ狐塚きつねづかに任せて移動した。霞はゆったりと構えているが、もう一人の警察官は不安そうに周囲を警戒している。大狼が挿し木の写真を撮った後に、大狼は狐塚に声をかける。


「狐塚始めよう」

「先輩分かりました」


 狐塚きつねづかが木の前に立つと、柏手かしわでを打った後に祝詞のりととなえる。すると木が動き始めて変化していく。木が変化した場所に現れたのは六十センチ程のインプだった。インプは逃げ出そうとするが、大狼おおがみがインプを捕まえると押さえ込んでしまう。インプは必死に大狼の手から逃げ出そうとするが、大狼の力が強いのか逃げ出せないようだ。


「罪状は道路の不法占用ふほうせんように当たるだろうか。私は警察なので法律は弁護士ほど詳しくない。詳しく知りたいのであれば弁護士に聞くことだ。妖魔には法律は関係ないと思うかも知れない。だが、ここは日本なので、人間に対して害意があるのならば、残念ながら討伐対象になってしまう。討伐されたくなければ、牢屋に入って、日本での過ごし方を覚え、反省すれば解放される」

「ギー!」

「…狐塚、インプは言葉を喋るくらいはできた気がするのだが?」

「大狼先輩の説明が難しすぎて理解できないのでは?」

「そんなに難しいか?」

「冗談です。分かりやすいですよ。インプの説得が無理そうなら討伐で良いのでは?」

「狐塚、手順は重要だぞ。我々は警察なのだから」


 大狼おおがみは再びインプを説得しようとする。しかしインプはギーギーと鳴くだけで言葉を話す様子がない。インプは押さえ込まれながらも大狼を攻撃し始めたところで、大狼も諦めたように一息ついた。大狼はインプの頭を手で押さえつけ、そのまま頭を押し潰してしまう。

 インプの頭は潰れて中身が飛び散る様子もなく、インプ全体が粒子となって消えてしまう。


「攻撃的及び、反抗的。改心の余地なしとし討伐」

「先輩は真面目ですね」

「神々の決定だ。逆らう訳にもいかない」

「神様はそこまで気にしないと思いますよ」


 世界には妖魔が居れば神も居る。日本は八百万の神々が、どのような妖魔であろうとも、害意を抱かない限りは討伐されることはないと決めている。政府や警察も神々の決定を尊重して行動している。なので基本的には、いきなり討伐をしないで拘束した後に説得を行う。妖魔を拘束した後は、人間のように逮捕して裁判ではなく、妖魔が反抗的であれば討伐されてしまう。妖魔を閉じ込めておくのは無理なので、話ができなければインプのように討伐されてしまう。


「使い魔として召喚されて分体だったとしても、日本は妖魔に過ごしやすい良い国だと思うんだな」

「普通の国はそうではありませんから、妖魔も刹那的に生きているのだと思いますよ」

「話を聞く位してくれても良いだろに」

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