vs29 世界樹の枝のような…

 翌日。

ギルベルトはエレナを呼び出してマリミエドがどんな境遇に置かれているかを聞いた。

5歳の時から今までを。


まず、王妃教育の時に母がいては駄目だと先生が言ったそうだ。

 自立心と平等の精神を養う為にも、甘やかしてはいけない、と。

乳母も辞めさせて、母も近寄らなくなり、マリミエドは一人で教育を受けていた。

淋しくても、悲しくても、誰も慰める大人はおらず、いつもエレナが側にいたのだーーーと。

「お嬢様が高熱でうなされていた10歳の時に死に掛けていたのもご存知ありませんよね」

「何…⁈」

「…あの時は、熱が下がらずにお医者様から頂いた薬も効かずに…私は看病をしながら、ただ熱が下がるのを祈っていました。…その夜、お嬢様は夢を見たそうです」

「夢?」

「はい。その熱が出る前に行った教会のボランティアで死にそうな男性を看取ったのですが、その男が現れたそうです。…もしもこの先、人間の力ではどうにも出来ない困難が押し寄せてきたらどうする?と聞かれて、お嬢様は悩んだ末に答えたそうです」


「困難とは、神が人に与えし乗り越えられるものです。頑張れば、必ず乗り越えられるものだと、わたくしは信じておりますし諦めずに前に進むでしょう」

とーーー。


するとその男はニコリと笑って光となって消え、半透明な大きな枝がそこに落ちていた、と。


「お嬢様がその枝を手に取ると、光が身体中を駆け巡り、何かの文字の羅列が見えたそうです。そして、目を開けたと…不思議ですよね。でも熱がすっかり下がって治られたんですよ」

にっこり笑ってエレナが言うと、ギルベルトはボソリと呟く。

「まるで、初代皇帝の物語に出て来る世界樹の枝のようだな…」

「ええ。…世界樹の枝の一つが人の形をして旅に出て、死んだその時には半透明な枝が数時間だけ残る…なんて物語でしたね。お嬢様も初代皇帝の物語を読んでいらしたので、まるでその枝のようだったとおっしゃっていました」

…それは、何かの啓示だろうか?

ともあれ、死ぬような高熱が治まったのならばいいが…。

ギルベルトは長いため息を吐く。

「俺は…何も知らなかった…。俺には両親も優しいし、乳母もいたし…きっと姉上も同じ境遇だったのだろうな」

「…そのようでした」

幼いエレナから見ても、マリミエドの姉は疲弊して見えた。

疲れ切り、いつ死んでもおかしくないような感じで…。

「そういえば…マリミエドお嬢様の高熱が治った時に、姉君も元気になられました」

いつもフラフラとした様子だったマリミエドの姉が、その日を境に明るく前向きに優しくなったのだ。

「…そういえば、確かに」

ギルベルトから見ても姉は過労死しそうな程弱っていた。

…何か関係しているのだろうか…?

「明後日には教会のボランティアに行くから、その時に聞いてみよう。その男の事が聞けるかもしれない」

「はい」

「それとエレナ」

「はい?」

エレナが顔を上げると、ギルベルトは優しく微笑んで言う。

「…いつもリュミを支えてくれてありがとう。これからも、宜しく頼む」

「は…はい。失礼致しますっ」

何故かドキッとしてしまい、エレナは慌てて一礼して立ち去ろうとドアノブに手を掛けた。すると後ろから

「また何かあれば、手紙でもいいから何でも教えてくれ」

とギルベルトの声を受けて、エレナは頷いて部屋を出る。


エレナは真っ赤になった顔を押さえながら目を見開く。

〈相手は侯爵様でシスコンなのに何ときめいてるのよ〜っ〉

自分の心臓が信じられない。

〈気のせいよ。無駄に顔がいいから困るわ…〉

エレナは失礼にもシスコン、シスコンと呟きながら歩いていく。

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