vs30 ご挨拶

翌日、マリミエドはやはり落ち込んだ様子で馬車に乗り、学院に向かった。

ギルベルトも気になって後から馬で学院に向かう。


 馬車の中で、マリミエドはノートを見つめていた。

それは、昨日の夜に書き出しておいた〝マリアが虜にした男性の名前〟の一覧だ。


エデュアルト王太子

カイラード王子


アルビオン・ヴィルヘルム小侯爵

ベルンハルト・フォルネウス小侯爵


クリフォード・フレーズベルグ辺境伯令息

レアノルド・ヴァルムント小伯爵

シリウス・グラントール小子爵

ライアン・フォンディ小男爵

ユークレース・アーダルベルト伯爵令息


この内のクリフォード・フレーズベルグ辺境伯令息、レアノルド・ヴァルムント小伯爵、ユークレース・アーダルベルト伯爵令息、ベルンハルト・フォルネウス小侯爵には棒線を引いてある。

四人とは話しが出来たからだ。

「他の方達は何処にいるかしら…」

昨日は探せなかったが…今日の授業が終わったら探してみようと思う。

〈…公演の内容、変わってしまうのかしら…〉

はあ、と溜め息を吐く。

兄は食い下がって王立歌劇団を観る約束を取り付けてくれた。

それは嬉しいが、出来れば初代皇帝の物語が見てみたい。

彼の神話的な物語が昔から好きだったのだ。

精霊達や世界樹の枝との出会い、闇の魔物や光の魔物…闇と光の在り方…。憧れる物語だ。


マリミエドは思いを馳せながらも、学院を歩く。

そして、はたと気が付いた。

〈そういえば、わたくし王太子殿下にご挨拶もしていないわ!〉

同じ学年なのだからすれ違ってもいい筈だが…。

どこにいるのかと少し探すと、マリアの声が聞こえてくる。

「や〜だ〜、エディったら…」

そう笑いながらエデュアルトの肩を叩く。

〈エディ? もしかして殿下をそう呼んでらっしゃるのかしら…〉

まあどう呼ぼうと勝手だが…とりあえず挨拶をしよう。

そう思って近付いてカーテシーをすると、エデュアルトが無視して歩いた。

「王太子殿下に…」

「それでな、マリアが好きだと言っていた菓子があっただろう?」

そんな話しをしながら華麗にスルーされた。

「…ご挨拶申し上げますわ」

マリミエドは〝いつもの通り〟に、続きの挨拶をしてから立ち去る。

〈…いつからかしら〉

マリミエドが挨拶をしようとする度に、エデュアルトが無視して歩いていくようになったのは。

考えて思い出しながら歩いていく。

〈あれは確か…7歳の春…〉

そう、そうだ…。

王宮でペンダントを失くしたと若い男の子が泣きそうになりながら探していて、それを見付けてあげた後だ。

その男の子は、亡き母の写真が入った大切なペンダントだと手を握ってお礼を言っていた。


 ーーーまさか、嫉妬…?


ありがとうと何度も言いながら手を握られていたが、それは感謝しての行動で、他意はない。

そういえば、カイラード王子が今と同じように昔も心配して見ていたが…まさか。


そんな思い出を振り返っていたら、前方にターゲットを発見してハッとする。


シリウス・グラントール小子爵…

2年生で成績優秀な彼は、中庭の人のいないベンチに座って本を読んでいた。

マリミエドは胸の前で拳を作ってグッと握り、勇気を出して近寄った。

「ご機嫌よう…いえ、おはようございます」

言い直してカーテシーをして挨拶をすると、シリウスはこちらを見て驚いた顔をした。

「あ…メイナード令嬢…」

「あの、何を読んでいらっしゃるの…?」

「え、ああ…これは医学についての本…です」

そう敬語で言ってきたのが気になる。

〈そういえば、学年ではわたくしが上なんだわ…〉

年齢では下でも、学年では上なのだ。

ここは学院なのだから、敬語がふさわしいだろう。

マリミエドは気を取り直して歩み寄る。

「医学に興味がおありで?」

「…ああ、幼い頃に母が亡くなってね。…体の弱い妹がいるから心配なんだよ」

シリウスが悲しげに言う。

そういえば、グラントール子爵家の長女は14歳だが、熱を出しやすく社交界にも出られない、と聞いた事がある。

「確か、わたくしと同じ年でしたわね」

「よくご存知で…」

「以前に家庭教師の先生から聞いた事がありますの。滅多に家から出られなくてお可哀想だ、と…」

それを聞くと、シリウスの表情が曇る。

「…外に出してやらないからだ…」

ボソリと呟いて、シリウスは立ち上がる。

「そろそろ授業なので失礼」

「はい、それでは…」

互いに一礼して、その場を離れた。

「…グラントール令息…何か言いたげだったわね…」

気を悪くしたように見えて、気になった。


その妹は何の病なのか気になりながらも授業を受けた。

〈何かお力になれたらいいのだけれど…〉

どんな様子なのか、今度会ったら聞いてみよう。

そう思ったら、もう次の授業だった。

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