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「ここまでの話を聴いてどうです? 勘のよい浅倉さんならこの女性が誰で、その夫である木村礼人きむられいとさんがどのようにして殺されたのか、もう想像がついているのではないですか」

 

 宗胤の声が不快で仕方がない。想像? 僕が殺したと言っているのに、この期に及んでこの坊主は僕が犯人ではないという仮説を押し通している。僕の領域に土足で踏み込み、自分だけが知っている情報の頭だけをちょこちょこと見せびらかしては優越感に浸る性格の悪い男……潰す苦虫も尽きるほどに、僕は静かに歯を噛み締めていた。

 ようやく。僕の人生をしたが完成するところだったのに。本当なら優雅に最後の晩餐を終えて紅茶を飲んだあと、義務だけでやって来た坊主の説法を涼しい顔で聴いて、恐怖も後悔も真っさらに溶かした純な姿で首を括れるはずだった。見えない壁の向こうで執行のスイッチを押す係の者たちに、薄ら笑いさえ浮かべる予定だったのに。

 

 なぜ最後の最後で気を抜いた? どうしてこんな簡単な役目ひとつ、まともに遂行できない。なあ、前田清玄まえだきよはる。僕は最後までお前の尻拭いをさせられるのか。

 

 ——残り四十一分。まやかしの爆弾が、時を刻む。

 

「知らない。僕はもう何も喋らないって言っただろう、勝手にしてくれ」

「そうですか。なら遠慮なく勝手に喋りましょう。今お話しした女性、木村有里乃きむらゆりのさんはあなたが前田清玄と共に行った初めての合コンとやらで本来来るはずだった女性でした。そしてその日、火災報知器のベルを前田清玄が押した場面を目撃したのも彼女です」

 

 …………は?

 

「平成二十五年二月。教琳寺院きょうりんじいんを訪れた木村有里乃さんの話の続きはこうでした。火遊びのつもりで会った男のうちの一人に青年がいた。その青年は食事中、木村さんが席を外した隙を見計らって木村さんの身分証を鞄から見つけ出すと、携帯カメラで撮影したそうです。本名はもちろん、年齢や勤め先の病院までバレてしまった木村さんは、口止め料として五十万円を青年に支払うことになった。当然、青年に会ったのはそれきり。火遊びにも懲りたと木村さんは言いました」

 

 前田清玄が中退したのは高知県の大学……

 

「それから木村さんはSNSを削除し地元を離れ、ご主人と共に関東へ。しばらくは青年から連絡が来るのではないかと怯えていたそうですが、その心配は杞憂に終わったそうです。子供も授かり、木村さんの心は再び明るさを取り戻します。ですが悪魔というものは、忘れた頃にやってくる」

 

 

 “五十万円、またよろしく”

 

 

「振込先と一緒にそう記載された手紙がご自宅に届いたそうです。木村さんは慌てました、ご主人がその手紙を確認したかは定かではなかった。ですがその直後、木村礼人さんは行方不明に。結局彼はその後も見つかることはなく……木村さんがご主人と再会を果たすのは、あなたが黒函くろはこ莉里りりさんを殺害し、警察があなたのアパート周辺を掘り返したときでした」

 

 くそ……どこまで腐ってるんだ、あの男。

 

「ご主人がいなくなってから、木村さんの人生計画は崩壊しました。元々職場での人間関係も良好でなかったのか、木村さんは周りから謂れのない誹謗中傷を受けることになります。浮気の末に捨てられた、金遣いの荒い嫁に愛想をつかした。子供も産まれて育児に追われる中、そのような口撃で木村さんの心は崩壊してしまうのです。但しタダでは転ばなかった。気づけば彼女は青年のSNSを探り、復讐心で自我を保つようになります。当時の恐怖を削ぎ落とせば、残るのはお金を奪われた怒りと恨みになるのは必然だったのでしょう。話した限り、木村さんはプライドの高い女性に見受けられましたから」

 

 怒涛に喋り倒す宗胤は穏やかな口調のくせして、僕に口を挟む隙を与えてはくれない。

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