この線路の向こう

井荻のあたり

第1話  Blue Bird

 ラジオを聴いていたら太田裕美が歌う「さらばシベリア鉄道」が流れてきました。


 ぼくは男なので比較的男視点で歌詞を聞いてしまいます。この歌は、なんでしょう、つきあってた(同棲くらいしてたかもしれません)男がふいに旅に出てしまった、きっともう帰らない旅に出てしまった……ことを嘆く女の歌だと思います(が、男女が逆というケースもあるでしょう)。


 まるで拾ってきた猫に快適な寝床とお腹いっぱいの美味しいご飯を与えて、何か月も、あるいは何年も飼って、もうどこにも行かないと思っていたのに、ある日、ふいっと出て行ってしまった。何か月もしたころ突然手紙が来た。ロシア語の切手と消印。


 きっとあの人は凍てつく吹雪の街並みを野良猫のようにお腹を空かせてさまよいながら、貧しくつらい旅をしているのだろう。そう、ちょうどあなたに出会ったあの日のように。


 いつでも帰ってきていいのよ。そう、いつでも、いついつまでも待っているわ。


 あー、このねーちゃんは男に何を言っちまったんだろうなぁ、と思います。言っちゃあいけないことを言ったんだろうなぁ。


            Why She Had To Go?

            I Don't Know, She Wouldn't Say

            I Said Something Wrong

             (イエスタデイ by ジョン・レノン)


 豪華な暮らしも贅沢な食事も、人類ネコ科の相手には繋ぎとめる手段にはならないのよ。金は必要です。貧乏はつらい。そもそも鉄道に乗るにも金が要ります。金が欲しい。ぼくだって貧乏にあえいでいる。金は欲しい。


 でもね、そもそも価値観が違うのです。相手の価値観を見誤るとこういう別れになるのです。金に価値を置いていない人だから貧乏なのかもしれない可能性も頭に置いておくべきでした。何気ないつもりの何かの一言だったり、些細なしぐさだったり、たったその一つで、猫はいなくなってしまうのです。


 昔、きれいなお姉さんに言われたことがあります。

 あなたは銭湯に行ってくるとか言って出て行ったきりそのままいなくなってしまいそうだからいやだ、て。それで十年後とかにいきなり帰ってきそうだからいやだ、て。

 その時のぼくにはまるで理解できなかったしそんな人間ではなかったと思うのですが、そこで捨てられて、数年が経ち、さらに経験値を積んだ後からのぼくならばきっとそうだと思います。お姉さんは先見の明があったと言えます。ただし、十年後に戻ってくるは、無い。それはお姉さんの願望でしょう。


 ブルーバードは「羽ばたいたら戻らないと言って(by いきものがかり)」とお願いするまでもなく、行っちまったらそれきりなのです。



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