魔力素養ゼロのぽんこつ没落貴族なせいだろうか。最強の殺し屋として外道共を排除してる事を誰にも知られてないのは

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

第1話 殺し屋、ロリコン貴族を暗殺する夜

 ――夜に龍の面を見る勿れ。

 ――それ即ち、外道を誅する死神の合図。

 

「という“リヴァイアサン”の都市伝説を知っておるか?」

「ああ……最近下民共が噂しておるそうですな」


 豪華絢爛な屋敷の地下は、貴族や有力者の欲望を糧に賑わっていた。

 ルーカス侯爵主催の“12歳以下少女パーティー”にて、ステージの幕が上がるのを待ち遠しそうにする参加者達。


「しかし良く世間にはバレませんね。このパーティー」

「当然だ。役人が儂の味方だからの。のう」

「ルーカス様、そろそろ私、待ちきれません……!」


 ワインを交わした先で、街の警察機構を担う役人が欲情していた。

 間違って誰かが助けに来るような救いは、少女達には無い。


「せっかちな奴め。ならば始めよう。幕を上げろ!」


 幕の向こう側では、部下達が拵えた少女達が佇んでいる事だろう。

 昨日まで普通に暮らしていた天使達。突如見知らぬ男に連れ去られ、平穏は終わりを告げた。そのあどけない体で奉仕するだけの未来しかない。

 怯えている事だろう。恐怖している事だろう。絶望している事だろう。

 可哀想で可哀想で仕方ない。僅かな良心の呵責さえ、貴族にはよいスパイスだ。


 幕が上がる。

 楽園が貴族達の目前に出現した。

 ――筈だった。


「え」


 少女達は未だ服を着たまま、ステージの上で倒れていた。気持ちよく眠っている。

 眠りを守るように、“死神”が薄闇に浮かぶ。


「だ、誰だ!?」


 藍色のローブで全身を纏う中、白き龍を衒った面が目立つ。


「これより断罪を執行する――要は死ねロリコン共って事」


 外道貴族達へと向く、銃の形を衒った狐面の人差し指。

 指には緑色の魔法陣――風の魔術が取り巻いていた。

 

「ぎっ!?」


 音も無い。

 人差し指から空気の見えざる弾丸が飛び出す。


 宙を舞う鮮血。

 崩れる最前列の参加者。

 額には赤い風穴。


 悲鳴のカーテンコールを受けて、“リヴァイアサン”は舞台から舞い降りる。

 

「空気の、弾丸……ぎゃっ!?」

 

 血飛沫が、次々に噴き出す。

 朱い雨の中で、リヴァイアサンは踊り狂う。

 舞う度、外道の命が散っていく。

 

 ルーカスはようやく理解する。

 

 

「何をしておるか! 衛兵! 早く来んか!」

「呼んでも来ないさ。全員死んでる」


 目前のテーブルから、冷酷に言い捨てる声。

 ルーカスと、癒着していた役人と、貴族が一人しか、もういない。他は物言わぬ肉塊となり、パーティー会場で死屍累々の絨毯を構成していた。


「……龍の面、フード付きの藍色のローブ……本当に、“リヴァイアサン”!? 馬鹿な! ただの都市伝説ではなかったのか!?」

 

 ルーカスの隣で肥えた貴族が恐る恐る口にする。


「先程から使っているのは風魔術か……!? あのような使い方など知らんぞ!?」


 風属性の魔術を戦闘に扱うならば、真空波や鎌鼬にして斬るのが定石だ。

 だが“リヴァイアサン”の風魔術は、謂わば“空気銃”。

 的確に、鋭利に命を貫いている。


「だが計算外だったな! 私は軍を任されている。戦闘魔術に秀でている故に!」


 豪語の直後、貴族の前に赤い魔法陣が渦巻く。

 火炎が“リヴァイアサン”を纏――わなかった。

 

「消えた……!? がはっ!?」

「次」


 黒い手袋が、背後から貴族の心臓ごと貫通していた。

 返り血を浴びた龍の面が、役人へと向く。


「ひぃっ!? わ、私はルーカス侯爵に脅されてやっただけだ!」

「おい! 俺を売る気か!?」

「私は悪くない! 私は悪くない! 私は悪く」


 苦し紛れの弁明ごと、開いていた口内を空気の弾丸は貫いた。

 蹲って倒れる役人の隣で、最後の一人となったルーカスはただ竦むことしか出来ない。


「な、なんだ!? 何故儂を狙う!? 誰に頼まれた!?」

「誰にも頼まれてない。ただお前に、子供の未来を汚させはしない」

「何を、何を言う。それの何が悪い!!」


 高い身分に裏打ちされた、自信過剰な激昂が響いた。


「この地は代々儂ら一族が治めてきた、神聖なる土地だ! それを崇めもせず、讃えもせず、報いもしないなど愚の骨頂! なればこそ処女を儂に捧げて然るべきだろう!?」


 殺し屋へ掌を伸ばす。強力な魔術を放出する為の魔法陣が、その先に浮かび上がる。


「貴様のような輩に遅れは取らん! くらえ、我が家に代々伝わる聖なる火炎の魔術、その名ボッ」


 魔術も、その豪語も最後まで遂げられない。

 不可視の弾丸に貫通された頭蓋には、土台無理な話だ。


「俺にはよくわかんないよ。お前が未来が奪ってる悪って事以外は」


 パーティーは閉幕した。

 だが、やることが残っている。

 例えば、舞台で未だ夢を見ている少女達をどうするかについて。


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 街では、親による少女達の自主捜索が繰り広げられていた。


「役人共はまともに取り合ってくれない……! 俺達で探すしか……!」


 泣きながら、冷汗で一杯になりながら、それでも娘達の無事を心底願いながら、親達は町中を駆け巡っていた。


「レナ!?」


 奇跡が起きた。

 幻覚でも何でもなく、娘が走ってきたのだ。

 

「うう、良かった……! 良かった……!」

「うわああああん、パパぁ! ママぁ!」


 陰から親子の抱擁を見守る“リヴァイアサン”。


「これで全員。よし」


 安堵して呟くと、深淵の存在は深淵へと帰っていた。

 

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 ハルド王国。

 その王都を、リヴァイアサンは歩いていた。


(隠蔽工作、思ったより時間が掛かってしまった……)


 リヴァイアサンとしての龍の面、藍色のローブは既に外している。

 権威の塊である屋敷に象られた通りを歩いていれば、当然同じ貴族と擦れ違う。

 

「あれは、ぽんこつ貴族じゃないか。魔術もロクに撃てないっていう」

「折角夜の街に出たのに、娼婦の一つも引っ掛けられないか。下民以下だな」


 嘲笑も意に介さず、華々しい一画を形成する屋敷へと入っていく。

 庭では、ハーフエルフのメイドがあどけない顔で腕組していた。


「ノヴム様! 部屋にいないと思ったら! また朝帰りですか!?」

「そんな目くじら立てないでよ。別に妖しい事はしてないって」

「いいえ! 今日という今日は許しません! ノヴム様の身に何かあったらどうするんですか! 大体ですね……!」


 馬鹿にしてきた貴族達も知らない。

 自分事のように心配し、説教を始めるメイドも知らない。

 ぽんこつ貴族ことノヴム=オルガヌムが、実は最強の殺し屋として外道達を排除してきた事を。

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