第57話 ヨロイの新調
地下へともぐる前に防具を買うことにした。
ジェムを余らせても仕方がない。数日分の宿代と遠征用の物資を買う金が残れば十分だ。
『ARMOR』と書かれた扉を開いて、お目当ての商品へと向かう。
前から気になっていた全身ヨロイだ。
「あ、やっぱりそれ狙ってたんだ」
「まあな」
アッシュはお見通しだったみたいだ。以前、彼と来たとき目にした流体金属でできたヨロイ。青白く光ってなんとも不思議な美しさがある。
金額は一万ジェム。ここで売っているものの中で最も高価だ。
「俺も買うよ」
アッシュもこのヨロイを買うと言う。
ずいぶん思い切ったな。前回分配したのが一万と数百ジェム。
買えはするが、ほとんど使いきってしまう。
「わたしも買うわ」
リンも買うと言いだした。
意外だな。アッシュは金銭に執着しない印象はあったが、リンそうではないはずだが……。
「いいのか?」
念のため確認した。むろん私と行動をともにすると決めた以上、しっかりと備えてもらいた気持ちはある。が、これから先の生活を考えるとな。
「死んだらお金は使えないからね」
そうか。そうだったな。
リンもアッシュも覚悟を決めてここにいる。
余計なお世話だったな。
「おまえら、なんでそんな金もってんだ?」
その様子を見ていたフェルパが、なにやら言ってきた。
たしかに、来たばかりでこれだけジェムを持っているのは異常だろう。
それは、ジャンタール生まれのリンもアッシュも同じだ。魔物が残すジェムの少なさを考えると、これほどジェムを貯められるはずもない。
「ネルガルの鎌を売ったおかげね」
「ネ……」
「アニキと一緒にいるとおかしな敵ばっかり会うんだよ。スペクターの群れに取り囲まれたこともあるし」
「スぺ……」
「わたしたちラッキーね。たくさん稼げるってことだし」
「やっぱり仲間になるのやめておこうかな……」
なんやかんやと打ち解けているようだ。
フェルパの思惑が気になるものの、すべては生き残ってこそだ。
その点ではいい傾向だと言える。
「フェルパはヨロイ買わないの? そんなボロっちいので大丈夫?」
「ボロっちいは余計だ! 俺はこれが気に入ってるんだよ!」
そうでもなかった。それなりにミゾはあるみたいだ。
フェルパが着ているのは使い古された革鎧に革のブーツ。
ある意味不思議である。ここへ来て何年かは知らないが、すでに買い替えていてもよさそうなものだが。
だが、つぎのフェルパの言葉で納得する。
「買い替えちまったら脱出するのを諦めちまったみたいでイヤなんだ」
そうか。
そのヨロイを着て仲間たちと迷宮を攻略しようと努めていたのかもしれない。
買いかえてしまうと、それが終わってしまったように感じるのかもしれない。
仲間はほとんど生き残っていないだろう。もしかしたらフェルパが最後の生き残りかもしれない。
だが、それを認めたくない気持ちもあるのではないか。
珍しくフェルパが本心を語っているような気がした。
――――――
次に来たのは『CARRIAGE』と書かれた店。
ここは初めて来る。フェルパが言うには荷台はここで買うのだと。
「どんなの買うの?」
「車輪つきの引っぱる荷台だ」
アッシュがたずねてフェルパが答える。
アッシュはこの店には数えるほどしか来ていないらしい。
当然ではある。迷宮深くもぐらない限り、むしろジャマになるのが荷台だろう。
「階段はどうするの?」
「車輪に板を履かせる。階段を滑らすようにおろすんだ」
ソリの要領だ。
階段下までいけば、板を外して、また転がす。
そうやって、さらに下へと降りていく。
「のぼりはどうすんの?」
「必要ない。荷台は地下五階に置いていけばいい」
フェルパによると、地下五階からは置いた物がなくならないんだそうだ。
盗まれでもしない限り、荷台はそのまま残り続ける。
また、魔物の死体も消えてなくならないそうだ。
必要なものは剥いで持っていく。外から来た我々にとって、ある意味これまで通りと言える。
地下四階までは練習場。まさにその通りだったのだ。
「それ、荷台持っていく必要あるの?」
アッシュのもっともな疑問である。
戦利品を多く得たとて、置いて帰っては意味がない。
しかし、フェルパは言う。
「必要だ。地下五階はこれまでとは広さがまったく違う。雨風をさえぎるシェルターも作らなきゃならんし、水も多く持ち運ばなきゃならん」
そう、荷台は戦利品を持って帰るためでなく、地下五階を攻略するための物資を運ぶためにこそ使うのだ。
そうか。思えばゴブリンどもの集落でワナを見つけた。
物が勝手になくなるならワナなどしかけられないからな。
だが、これからは迷宮が仕掛けたワナだけでなく、他の者が仕掛けたワナにも気をつけねばならんわけか。
しかも、それは人間だけとは限らない。
より賢い魔物が、思いもよらぬワナを仕掛けていることだってあり得るのだ。
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