第2話

「お嬢様、いよいよでございますねっ」


 入浴を済ませ、私は自室でメイドの少女――ナタリーに髪をかしてもらっている。彼女の口振りだとなにかが始まるような雰囲気だ。それとなく正解を導いてみよう。


「あら、なんだったかしら? 心当たりが多くて困ったわ」

「またまたぁ。明日はお嬢様が心待ちにしていた学院の入学式ですよ!」


 背後から弾むような声が聞こえる。ナタリーが言うには私はアリスタリア魔法学院というところに入学するらしい。そのうち覚めるのに結構凝った設定の夢で感心してしまうけれど、学校自体にあまりいい思い出がないのもあって少しだけ怖い。なにかあったら不登校にでもなってやろう。


 朝、伸びをすると声が可愛いのはやっぱり気持ちがいい。夢の中で眠り、夢の中で目覚めるという展開も悪くないなとベッドから飛び起きた。

 白ブラウスに紺のショートジャケット、胸には赤いリボン、膝丈の黒いスカートが制服のようでいざ着てみると段々と気持ちがあがっていく。手馴れた鼻歌で鏡の前に立ち、お決まりのポージングが冴え渡ると部屋を出た。


「お嬢様、とてもよくお似合いです。我々一同感涙の極み!」


 馬車から流れる風景を視界に入れながら、私は執事やメイドから受けた賞賛の声を頭の中で繰り返し自己肯定感を高める作業に没頭する。木々ばかりだったはずの道が段々開けていくと、正面には物語に出てくるお城のような建物が見えてきた。あれが噂の魔法学院ってやつね。なんだか少しだけわくわくしてきているから不思議だ。


「フィリア様、お待ちしておりました。わたくしは学院長のルーカスと申します。以後お見知りおきを」


 正門前に降り立つと、すぐに白髪頭で白髭を蓄えた男の人に出迎えられた。なにこれ。フィリアお嬢様は学院で一番偉い人が挨拶にやってきてしまうほどのご身分ってわけ? そうなると、小市民の代表たる私としてはせいぜいボロが出ないように頑張るしかない。


「ご丁寧にありがとうございます。ルーカス様ですね。こちらこそなにとぞよしなに」


 スカートの裾を軽く持ち上げお辞儀をする。言葉遣いはかなり怪しいけれど、こんな風に上からいかないキャラで通すことにしよう。こうして美少女かつ謙虚なフィリアがここに誕生し、心の中でドヤり散らかしていると校舎へ案内された。

 話を聞くだけの退屈な式を終え『魔法科Aクラス』と書かれた教室に入る。なんとなく大学の講義室に似通っていてどうやら座席自体の指定はない。ちらほらと他の生徒達の注目を集めているような気がする中、どこに座ろうか戸惑っていると誰かが私の方に近づいてきた。


「フィリアちゃーん!」


 水色の髪を二つ結び――いわゆるツインテールにした、小柄でいかにも活発そうな女の子が私の手を握り上下に振っている。もちろん見覚えなんてなく唐突にクイズが始まったようなものだけれど、私はにっこり微笑みかける。


「今日も元気そうでなによりだわ」

「もっちろん! それがあたしのとりえだし~!」


 どこか小動物のような愛くるしさのある子だな。頭を撫でながらそんな風に思っていると、


「こらこら、そんなに走ってはしたないよ。シャロットは本当落ち着きがないんだから」


 後からもう一人女の子がやってきて目の前のちびっ子に声をかけた。なるほど、この子はシャロットね。


「エミリア~。だってぇ……見て見て、フィリアちゃんがいたんだよ!」

「おや、久しぶりだねフィリア。相も変わらず目を引くね君は」


 ボーイッシュな銀色のショートヘアがよく似合う、エミリアと呼ばれた女の子は私に小さく手を振り落ち着いた雰囲気を漂わせている。私への距離感からして二人は以前からの友人か顔見知りあたりだろう。正直一人で学院生活スタートじゃないのは助かった。


「ところで二人もこのクラスなのよね。ええと……席をどうしようかと迷っているのだけれど」


 私は今ありえない速さで二人をチラ見している。外面はよくても中身が陰キャラの行動を取ってしまうのは悲しきさがだ。


「だったらあそこにしよー! フィリアちゃんが真ん中で、あたしたちがその両端!」


 すかさずシャロットが一番後ろの席を指差した。よし、今後はこの子の決断力に委ねていこう。

 一番の難所だろう友達作りと席の場所決めをクリアした私は、ふひひという声が外に出ないよう口元をしっかり押さえながら他の席を見回している。何人かで組になっているところもあればぼっちのような子もいるみたいだ。


「私、お花を摘みに行ってくるわ」


 いやお花って。自分の発言に吹き出しそうになりながら、教室をあとにした私は他のクラスの様子を見にいく。このAクラスのほかにはB、C、Dまでがあるみたいだ。魔法学院というくらいだから魔法の授業なんかもあるのだろうか。トイレから出ると、見覚えのある赤い髪の男が目の前を横切った。


「あ」

「あ」


 まずい。やっぱり昨日森で会った言葉の通じないイケメンだ! 走りだそうとした時にはもう遅く彼は私の正面に立ち塞がっていた。


「やはりフィリアさんでしたか! いやあ奇遇ですね。その後お体の調子はいかがです?」


 体の調子ってなんだろう? ああそうか、この人の中で私は病気になってるんだっけ。


「その節はありがとうございました。今は大したことありませんので、どうかお気になさらず」

「それならよかった。しかし昨日から感じてはいたのですが……僕を避けていませんか?」

「それは考えすぎではないでしょうか。さて、友人を待たせていますのでこれにて」


 体よく教室に戻り席につくと、先生がすぐに入ってきて話を始めた。まさか彼も同じ学院の生徒だなんてびっくりしたな。まあでも、別クラスだろうしそこまで関わってはこないだろう。それよりもこの学院生活を楽しまなくては。


「ねえねえフィリアちゃん。あの人見てよー!」


 隣からひそひそとシャロットが囁く。彼女はこういう静かにしないといけない時も落ち着きがないらしい。


「どうしたの?」

「ほら、あそこに一人で座ってる人ぉ!」

「シャロット、あんまり大きな声だと怒られてしまうわ」


 そう言いながら指差している方を見ると、そこには私に向けて大きく手を振るライルさんがいた……。

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